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夜になりました。
レナは自室にいます。ベッドに横たわり、ちょうど、今日シド神父に挙げてもらった結婚式の事を思い出していました。
誓いの言葉、くちづけ、神父からの祝福の言葉。

全てが嬉しい夢のようです。

(例え、普段は一緒にいられなくても、わたし達・・・夫婦になったんだわ)

きゃあ、と枕を抱きしめます。

(ああ、幸せ・・・この幸せが、ずっと続けばいいのに)

その時、もっと嬉しい事が起こりました。窓が外から叩かれたのです。

「バッツ!?」

ぱ、と起き上がると慣れた手つきで窓を開きます。
そこに立っていたのは、まぎれもなく彼女の愛しい人でした。ただ、どこかが変です。
表情だ、とレナは気付きました。表情が、まるで生気がない・・・

「バッツ、どうしたの?・・・何か、あったの?」

バッツは、虚ろな目でレナを見ました。その目から、すうっと涙があふれます。

「レナ・・・・・ごめん」

「バッツ?・・・ごめん、て、何・・・?」

なんだか嫌な予感がします。聞いたら後悔しそうな、そんな予感。でも、聞かずにいられない・・・。

「俺・・・・・追放になっちゃった。・・・いつ帰れるかもわからない。もう・・・会えないかも」

レナの身体を、衝撃が貫きました。

「嘘・・・!!嘘でしょう!?・・・ねえお願い、嘘だと言って・・・?」

バッツは黙って項垂れました。そう言えたらどんなにいいだろう、とでもいうように。
ふっと、気が遠くなるような気がして腕にすがります。

「・・・ねえ、一体なにをしたの?どうしてこんなことに・・・」

「・・・きっと、すぐにわかるよ」

低く言うと、そっとレナを抱き寄せました。思い切り抱きしめます。

「・・・・・・・・・・ばか」

「本当にごめん・・・こんな日に。・・・馬鹿だよな、本当に・・・」

しばらくすすり泣いた後、ようやく出せた声は、震えていました。

「・・・ねえ、わたし、待ってるわ。・・・窓の鍵も閉めないから。いつまでだって。だから・・・」

「・・・・・ああ」

バッツの声も、震えていました。

「俺は、必ず・・・・・帰ってくる」



翌朝、サリサがレナの部屋をのぞくと、レナは鏡台の前にぼんやりと腰掛けていました。
ドアをコンコンと叩くと、虚ろな目で振り返ります。

「・・・あ・・・お姉様・・・」

「レナ・・・なんか元気ないわねえ・・・いやな夢でも見た?」

サリサは部屋の中を見渡してみました。バルコニーに続く窓が開けっ放しで風が吹き込んでくる以外、変わった所はありません。

「・・・お姉様こそ、なんだかしんどそうですけど・・・」

「ええ・・・まあね・・・」

サリサは見るからに顔色がよくありません。それに手足もだるそーにぶらぶらしています。

「なんでもないのよ・・・ただ、昨日の昼頃なんか異常に眠たくなっちゃって・・・さっきまで寝てたんだけど、その後起きてからもなーんかだるいのが続いてるのよね・・・お父様もそうみたい」

レナが教会に行くために使った眠り薬のせいでしょう。
レナは内心ギクリとしましたが、なるべく動揺を表に出さないように努力しようと考えました。

「そ・・・そう、なの?それは、変です・・・ね、ははは」

「まあ、いいんだけどね・・・」

気分が悪いせいでしょうか。レナはかなりおかしな態度になってしまっているというのにサリサは気付かないようです。

「・・・それより、今日はいい報せを2つ持ってきたのよ」

「ま、まあ、何かしら?」

レナは、なるべく嬉しそうな顔をしてみせました。

「まあ、一つはあなたには関係ないから省略するけど・・・もう一つはね、あなたの結婚相手が決まったの。西の都で女性の支持率ナンバー1のファリス伯爵よ。よかったわねえ」

一瞬、訳がわかりませんでした。

「―――――え?」

「お父様もお喜びになってるわよ、いい相手が見つかってよかった・・・ってね。で、式は明後日だから・・・ドレスやらなんやらの用意はもう乳母のジェニカに言いつけてあるわ。あなたは・・・そうね、式を挙げてくださる神父様の所に、挨拶でもしてらっしゃい」

「ちょ・・・ちょっと待ってください!どうして、そんな急な話が!?」

レナは焦りました。
つい昨日、その教会でバッツと夫婦の誓いをしたとはとても言えません。

「まだ結婚なんて、早すぎます・・・それも、そんな知らない方となんて・・・」

「知らないことはないわよ。だって、この間の舞踏会に来てたもの」

「え?」

「あなたが舞踏会の後、ずっと元気がなかったのは誰か想い人ができたからじゃないかってお父様が疑ってね・・・それで私が出席者を調べて、一番顔も良くて評判も良く、ついでに家柄から見ても総合ダントツトップだったのが、その人だったのよ。」

「わたし・・・わたし、そんな方知りません・・・」

レナは震えだしました。どんどん話が恐ろしい方へと進んでいきます。

「あ、相手だって、わたしのことなど知らないのでは・・・」

「ご存知だそうよ。舞踏会の間中、あなたを見ていた、って」

「・・・・・ああ・・・・・」

―――もうどうにもならない!

顔を覆ったレナを見て、サリサは喜んでいると勘違いしたようでした。

「そんな、照れる必要はないわ。・・・まあ、あなたがいなくなるのは寂しいけれど、あなたが幸せになるんなら、それがいいのよね、きっと・・・」

「・・・・・お姉様・・・・・わたし、神父様にご挨拶に行ってきますね・・・」

姉の脇をすり抜けるようにして走り出ました。

「・・・あら?」

サリサが、不思議そうな顔でそれを見送りました。

「泣くほど嬉しかったのかしら・・・?」



教会につくと、誰か先客がいたようです。懺悔にでも来たのでしょうか。
とりあえず、そっちが終わるまで待たなくてはなりません。仕方なく、壁際に避けていようと思ったのですが、

「おや・・・?そのお姿は・・・」

どうも相手は自分の事を知っているようです。
近くまで来て、ようやく顔が見えました。貴族の青年、それもかなりの美男子です。
黒い式服に垂らされた長い紫苑色の髪がきれいです――それを見て、レナはあることを思いました。

(お姉様に・・・そっくりだわ・・・)

実際、髪の色といい、目の色といい、背格好や顔のつくりまでそっくりを通り越してまったく同じです。
違うのは、男か女かということくらいでしょうか。

(不思議な事もあるものね・・・)

レナが状況を忘れて感心していると、相手は貴族らしく丁寧に礼をしました。それがとても似合っています。

「タイクーン家のアレクサンダー殿のご息女、レナ様とお見受けいたします」

爽やかに笑いました。

「私は、ファリスと申します。階級は伯爵です。人は、西のファリス伯と呼びますが・・・例のお話、お受けいただけて光栄です」

「あ・・・どうも・・・」

恐ろしい事になりました。この、姉にそっくりな人が自分の婚約者だというのです。

「あの・・・ファリス伯爵?」

「なんです?」

にっこり微笑んだ顔は、確かに女性の支持率ナンバー1というのも頷けるものです。
それでも、レナはバッツを裏切って心を変える事はできませんでした。

「あの・・・本当に、わたしなどでよろしいのですか?あなたは、女性から絶大な人気を得ていると伺いました。あなたなら、どんな女性でも選ぶ事ができるでしょうに」

「あなたが良いのです。・・・あなたはお覚えないようですが、あの舞踏会の夜、初めてあなたをお見かけした時は心が轟きました。何か、浅からぬ縁があるような・・・まるで、そう、本当は兄妹なんじゃないかと思うほどの親近感を」

レナは心の中でこっそり冷や汗をかきました。

(そんなこと・・・お姉様の顔で言われても・・・)

ファリス伯爵は長々と詩のような言葉を述べた後、レナの戸惑ったような様子には気付かずに、

「では、また明後日に」

と去っていきました。



「困った事になったのう」

シド神父は、レナの話に頭を抱えました。

「なんとかなりませんか、神父様」

レナが必死の目で神父を見ます。

「もう頼りになるのは神父様しかいないんです」

「うーーーむ・・・・・すまん。駄目みたいじゃ、なんも思いつかん。」

「そんな・・・・・」

レナはがっくり肩を落としましたが、すぐにキッと顔を上げました。

「ならば、残された道はただ一つ・・・・・神父様、『し』の棚のお薬をわたしにお与えください!」

シド神父は焦って手を振りました。

「待て待て、そう早まるな。・・・何も死ぬ事はあるまい?」

「いいえ。わたしの夫はバッツだけです。彼を裏切るくらいなら、死にます!」

「うーむ・・・そこまで覚悟を決めてくれる嫁がおるとは、あいつも幸せ物じゃのぅ・・・それにしても、どうして奴は追放なんてことになったんじゃ?」

「・・・さっき、ファリス伯爵に聞きました」

レナはそっと目を伏せました。

「2ヶ月前・・・そう、バッツと会った舞踏会のすぐ後ですね。町で、姉と・・・なんて言ったかしら、バッツのお友達のギル・・・なんとかさんがバッタリ会ってしまって。姉がバッツの悪口を言ったらしく、そのギル・・・なんとかさんは怒って、それで喧嘩になって・・・姉に返り討ちにあったそうです」

「・・・間抜けじゃのう。その、ギルなんたらは」

「・・・姉は、ああ見えて町内最強ですから。・・・それで、そのギルさんは入院してしまって、全治一ヶ月。それを聞いたバッツが報復措置に乗り出したのが一ヶ月前・・・」

レナは、ぐっと両手を握り締めました。

「・・・どうして、わたしは姉にもバッツにも会っていながら気付かなかったんでしょう・・・」

「お前さんのせいじゃない。・・・それで?」

「ああ・・・それで、バッツは考えたようです。まともに行っては姉には敵わない、何か別の手をうたないと・・・と」

「・・・男らしくないのう・・・」

「それで、結局、夜影に乗じて『トード』をかけたそうです」

「ほう」

「姉は一時的に蛙になって・・・前、一日だけ町に出た姉が帰ってこなくて心配した事があったんですけど、ちょうどあの日、蛙になっていて誰にも気付いてもらえずに庭の池でゲロゲロ鳴いていたそうですわ」

「はあ」

「それで、『貴婦人の名誉を著しく毀損した』ということで、姉は都の裁判所に被害届を出していたようです・・・それが受理されたのが昨日の午前、本人達に通達が行ったのが昨日の夕刻だそうです」

話し終って、レナはほぅっと息をつきました。

「そうか・・・話はわかった。それにしても、バッツ・・・なんとも情けない話じゃのぅ・・・」

「まったくです・・・何故、わたし達の家はこんなにもいがみ合っているのでしょうか」

「それは、実はわしにもわからんのじゃよ・・・というより、恐らくは現当主同士しかわかっておらん。それなのに家ぐるみでいがみ合っておる・・・おかしな話じゃ。・・・しかし、わしが情けないと言ったのはそういう意味ではないんじゃが・・・それで、結局お前さん、どうするんじゃ?もうあの馬鹿は帰ってこんかもしれん。おとなしくファリス伯の嫁になってしまうのも、手かもしれんぞ?」

「嫌です!ファリス伯爵には悪いですが、そうするくらいなら死にます!」

「・・・わしは、毒はやらんぞ」

レナは、じっと神父を見つめました。

「例え、神父様が毒を与えてくださらなくても、死に方はいくらでもありますわ」

「・・・そうか。」

シド神父は、ゆっくりと立ち上がりました。

「そこまで覚悟ができているのなら・・・しかたあるまい。少し、待っていなさい」



しばらくしてシド神父が戻ってきた時、その手には小さな硝子の小瓶がありました。

「・・・これを、使いなさい」

受け取って見ると、中にはドス黒い液体が入っているのが見えます。

「これは・・・?」

レナが聞くと、神父はため息混じりに答えました。

「地下室から持ってきた。・・・とても『よく効く』ぞ」

レナは、すっと頭を下げました。

「神父様・・・ありがとうございます」

「まあ待て。礼を言うのは早い。・・・まあ、聞きなさい。まずは家に帰る事。それから、いかにも明後日の婚礼を楽しみにしているように振舞いなさい、疑いを持たれないように」

「・・・・・はい」

「そして、婚礼前夜、皆が寝静まってからそれを飲むのじゃ・・・効果はすぐに出る。・・・そうじゃな、あの馬鹿息子にはわしから手紙を書いておいてやろう。それから・・・」

神父の話が終わった時、レナの瞳はいきいきと輝いていました。

「神父様・・・」

「なんじゃ?」

「ありがとうございます、本当に・・・なんとお礼を言ったらいいか・・・」

「よい、よい」

神父は、もう疲れた、とでもいうように手を振りました。

「もう行きなさい。―――上手くいくことを願っているよ」

「はい!」



隣町にいたバッツが、「タイクーン家のレナ死亡」の噂を聞いたのは、その3日後のことでした。



「おじいちゃん!」

教会の入り口に、小さな影が現われます。
シド神父の孫のミド少年です。

「おお、ミド。ちゃんと手紙は届けてくれたかね?」

「ううん」

シドの問いに、ミドはあっさり首を振りました。
シドは愕然とします。

「な・・・なんじゃと!?」

「ちゃんと言われた通り、隣町の宿に行ったんだけど・・・いなかったよ、そのバッツってお兄ちゃん」

「く・・・」

神父は、額に手を当てました。

「しまったな、噂の方が早かったか・・・今頃、何も知らずにこっちに向かっているかもしれん。ミド、隣町との境界まで、あいつを迎えに行くぞ!」

「はーい」

二人が出て行きました。そのすぐ後に、別に人影が入れ違いで飛び込んできました。

「おい、くそ神父!馬鹿シド!!・・・いないのか!?・・・くそ、本当にいねえ」

バッツです。

「馬鹿神父め。・・・俺は嫌な噂を聞いたんだ。それを確かめに戻ってきた!・・・レナ・・・」

ぐっ、と自分の剣の柄を握ります。

「レナ・・・死んだなんて、嘘だろ?今だって、本当はいつものバルコニーで待っててくれてるんだろう?」

確かめなくてはいけない、その一念で法まで破って戻ってきたのです。

「今から墓所に行くよ・・・レナ。頼むから、そんなところにいないでくれよ・・・?」

教会の裏手、木が茂り、昼尚薄暗い墓所に至って、バッツのそんな願いも砕けました。
遺族からの物らしい、献花に囲まれて、眠るように目を閉じているのはまさしく。

「レナ・・・・・」

がっくり膝をつきます。

「嘘だろ・・・こんな・・・」

頬に手を触れると、冷たい感触。手首を掴んでみると、脈もありません。呼吸もしていません。
今にも動き出しそうなほどきれいなままなのに、悲しい事に、どうしてもそれは死体でした。

「ふざけるなよ・・・こんなきれいな死体があってたまるかよ・・・なあ、これは演技だろ?そうなんだろ?」

泣きそうなのをこらえて、話し掛けます。けれど、返事どころか眉一つ動きません。

すぅーっと心に冷たい物が入り込んでくるのを感じました。
本当に死んだんだという、いわば納得。そして諦め。

(終わった・・・・・)

膝をついたまま、呆然と天を見上げます。

(もう終わった・・・何もかも終わったんだ・・・・・)

冷たくなってしまった指をあやすように揺らしながら、バッツはしばらくぼんやりとしていました。
あたりの木は、かなり生い茂っていて光もほとんど通りません。風も通らないのか、空気はどんよりと重く、静かで厳粛な感じです。
ここは墓所。大勢の人々が眠っているのです。何年も前に世を去った人、つい最近いなくなった人・・・彼女も、やがてここに埋められて大勢の中の一人になってしまうのでしょう。

鳥が、どこかで短く鳴きました。

「・・・・・・そうだ・・・・・・・!」

ふっと思い出します。
ソウ、マダ彼女ニ会ウ手ハアルジャナイカ!

ちょっとだけ待っててね、と手を元の位置に戻すと、バッツは立ち上がって勢い良く走り出しました。
しばらくして、小瓶を手に笑顔で戻りました。再びレナの元にしゃがみ、ほら見て、と小瓶を掲げます。

「例の、『死』の棚から持ってきたんだ・・・ほら、この色。すぐに効きそうだろ?」

中には、にごった緑色の、ドロリとした液体が入っています。

「・・・ね、俺、これを飲むよ。・・・すぐそっちに行くから、待ってて」

動かない彼女ににっこり笑いかけ、そっと瓶に口をつけました。

「今度こそ、ずっと一緒にいような・・・」

そのひどい味の液体を、口に含むと同時でした。
―――レナの瞳が、開いたのです。

「う・・・・・・・・バッツ・・・・・?」

「え、レナ!?・・・・・あ。」

ごくり。
バッツは、あまりのショックで飲みかけた液体を飲み込んでしまいました。

「飲んじゃった・・・・」

「ああ、バッツ!来てくれたのね、うれしい・・・会いたかった!!」

「お、俺も・・・・・」

バッツは蒼ざめながら、うまく動けないらしいレナを抱き起こしてやります。

「会いたかった(・・・けど、もうお別れかも・・・)。なあ、一体どうなってるんだ?俺、てっきりレナは死んだんだと・・・」

「あれ、神父様の手紙、読まなかったの?」

レナは首をかしげました。

「手紙?・・・入れ違いになったかな。読んでない。」

「そう・・・あのね、神父様はわたしに『仮死薬』をくださったの」

「か・・・仮死・・・?仮死って、あの仮死だよな?」

バッツは、嫌な予感がしました。

「そう、飲むと鼓動も呼吸も止まっちゃって死んだみたいになる薬。・・・そう見えた?」

「・・・とっても、そう見えたよ」

元気なく、バッツが答えます。心の中で、「俺の馬鹿馬鹿!」を繰り返しながら。

「それで、効き目が切れる頃になったら神父様がバッツと一緒に助けてくれるって・・・あれ?そういえば、神父様は?」

「さあ・・・どこいったんだろうな・・・」

もういっそのこと笑いたいような、泣きたいような気持ちになってきました。

「俺さあ・・・すっかり騙されちまったよ。後を追おうと思って、毒飲んじまった。」

「ええっ!!?」

レナが目を見張ります。

「で、でも・・・生きてる・・・・・」

「即効性の毒じゃなかったらしい・・・まあ、運がいいというか、悪いというか」

「そんな・・・・・せっかく、また会えたのに・・・」

レナは、涙をためた目でバッツを見ました。

「その毒が入っていた瓶はどこ?・・・ああ、もう中身が残ってない・・・わたしの分がない・・・」

「・・・・・あ。なんか、気持ち悪くなってきた・・・」

「きゃあ、バッツ!!」

ドサリと倒れます。どんどん気持ちが悪くなっていくような気がします。
いよいよ、最期の時は近付いたようです。

「レ、レナ・・・最期に、俺の馬鹿な話・・・聞いてくれる、か・・・?」

「ええ・・・ええ・・・なんでも言って・・・」

さっきまでとは逆転した状況で、レナがぐっとバッツの両手を握りました。

「・・・・・なんでも聞くから・・・」

「俺の、夢・・・つまらない、貴族なんかやめて・・・本当は俺、旅人になりたかったんだ・・・」

かすかに笑いました。

「チョコボにでも乗って・・・世界を・・・君と、一緒に、生きて・・・幸せに・・・」

「バッツ・・・わたしも、あなたと一緒に生きたかった・・・」

ぽつり。
涙がバッツの顔にかかります。

「ありがとう、レナ・・・・・あ。なんかもう駄目っぽい・・・かも・・・」

「あ・・・!いやよ、まだ死なないで!まだ・・・」

「死ぬわけなかろう、この馬鹿息子が」

はっと振り向くと、そこにはシド神父が立っていました。何故か肩で息をしています。

「はぁ、はぁ・・・町外れまでの道を往復したんじゃよ・・・ふう、さすがに辛いわい」

「神父様!バッツが死なないってどういうことですか?」

レナがバッツの頭を支えながら必死に聞きます。

「なんかもう、今にも死んじゃいそうな感じなんですけど」

「いや、久し振りに地下室の棚卸しをしたんじゃよ・・・この間。いい加減毒薬にも飽きてきたし、いい機会じゃから毒物は一掃して、それからというもの『し』は自然食品の棚になったんじゃよ」

「し、自然食品!?」

レナは目をぱちくりさせました。

「・・・じゃあ、バッツが飲んだのは・・・?」

シド神父は落ちていた瓶を拾い上げ、ラベルの番号を調べて、ふんと鼻をならしました。

「R−465番、ということは――――こりゃ、青汁じゃな」

「・・・青汁?・・・ただの?」

バッツは思わず両手で顔を覆いました。

「・・・青汁・・・言われてみれば確かにそんな味だったけど、なんでまたそんなもん瓶に詰めてるんだよ・・・」

「人の趣味にとやかく口出しするでない!」

「で、でも・・・神父様?」

レナが、恐る恐る尋ねます。

「ただの青汁でも、なんだか苦しそうなんですけど・・・」

「よっぽど強く毒だと思い込んで飲んだようじゃのう・・・ほら、言うじゃろ?ただの水でも、薬と信じて飲めば薬になると。ということは逆もアリじゃろ。特にこいつは単細胞馬鹿じゃからのぅ・・・暗示に弱いんじゃ」

「はあ・・・」

「ま、本当に気持ち悪いんだとしたら、それは賞味期限を3年程前に過ぎておるからじゃろ」

「げっ、3年前!?・・・うっげー・・・大変なモン飲んじまったな・・・」

「毒よりマシじゃろ」

神父は、ふん、と笑いました。

「明日を生きるべき若者は、簡単には死ねんようになっとるものなんじゃよ・・・これもわしのひいじいさんの教えじゃが。・・・で?二人とも、これからどうするんじゃ?実のところ、状況は対して変わっておらんぞ?馬鹿息子は追放中の身だし、あんただって生きてるとしれたら連れ戻されて振り出しに戻る、じゃよ?」

「それは決まってるんだ」

なんとか青汁のショックから脱したバッツが、立ち上がって宣言します。

「俺達、旅人になるよ」

横で、レナもしっかり頷きました。
シド神父はしばらく二人を見て――頷きました。

「・・・そうか。それはいい案かもしれんな・・・。」



「・・・ボコ。二人を頼んだぞ」

シド神父は、夕陽に向かって去っていく二人と、それを乗せたチョコボに向かってつぶやきました。

ボコは、神父が昔、罠にかけて捕まえて以来世話してきた、若い元気なチョコボです。
神父は、このチョコボを二人に譲り渡したのです。

「――おじいちゃん!」

ひいひい苦しそうな息で、ミドがやってきました。

「お、お兄ちゃんとお姉ちゃん・・・どうなった、の?」

「おお、ミド。・・・たった今、旅立っていった所じゃよ。一体今までどこに行っていたんじゃ?」

「どこって・・・」

ミドは、ぷうと頬を膨らませました。

「おじいちゃんがものすごい速さで走ってっちゃったから、ボク、置いていかれちゃったんじゃない!」

「おお、そうじゃったか。それはすまなかったな。・・・そうじゃ。今度は『お』の棚をお菓子の棚にしようか・・・もちろん、賞味期限には気をつけるとも」



「お互い、我が子にしてやられたな・・・ドルガン」

「いや、まったくだよ、アレク」

二人の父親は、町外れの広大なスイカ畑で話していました。
それぞれの手には、手紙が握られています。今朝、両家に何者かによって投げ入れられていた物です。チョコボに乗った人影を見たという証言もありますが、定かではありません。
その手紙には、舞踏会から始まった全ての事が書いてありました。そして、最後には「仲直りしてください」と。

「これは、お前の娘の字だろう?アレク。・・・いい子じゃないか。『争いなんてやめて、仲良く暮らしてください。それと、神父様を責めないで下さい。彼は、わたし達のために奔走してくださった、心優しい真の神父です』・・・だって」

「ならば、これはお前の息子の字だな・・・『娘さんは必ず幸せにします、心配しないで下さい』・・・泣かせるじゃないか、お前の息子が。」

「それに比べて、親のほうはどうだろうな?・・・思い出すよ、30年前のあの日。」

「暑い日だったな。私がメロンを食べたいと言ったら、お前はスイカの方がいいと言って・・・あれ以来か、私達が仲違いするようになったのは。」

不意に、二人は黙り込みました。

「・・・・・よく考えたら馬鹿っぽかったかもな。私もついムキになってこんなスイカ畑を作ってしまったりもしたが・・・」

「う、うむ」

アレクサンダーも、真顔で頷きました。

「・・・ドルガンよ。よく考えたら本当に我々が馬鹿すぎたから、この仲違いの理由だけは隠しておかないか?」

「・・・・・異議無し。」



この日を境にいがみ合う二つの家はなくなり、町は静けさと平和を得ました。
・・・まあ中には「おいおい、なんか退屈になっちまったよ。バッツはどこ行ったんだよ、おい!」などと叫びながら刀を振り回す人や、「え、嘘ぉ!レナってばもう帰ってこないわけえ!?」などと叫ぶ人もいたようですが、概ね町は平和になったと言えるでしょう。


バッツとレナはどうなったのでしょう?
大丈夫。二人は、ちゃんと仲良く旅をしているはずです。きっと、今でもどこかの草原辺りをチョコボで楽しそうに笑い合いながら駆け回っていることでしょう。


ちなみにシド神父は、後に趣味で「毒物大百科」という本を自費出版し、これが何故か大評判となって後の毒物事情に大きな影響を与えることになるのですが・・・それはまた、別のお話。


THE END


あとがき:

長くて時間が異様にかかった割に、つまんないものになってしまいました・・・。
ナンバー12.5さん、すみません・・・一応、配役を述べておくと、


ロミオ→バッツ
ジュリエット→レナ
神父→(FF5の)シド

ロミオ父(役名忘れ)→ドルガン
ジュリエット父(役名忘れ)→タイクーン王
ジュリエット姉→サリサ
ロミオ友人(役名忘れ)→ギルガメッシュ
パリス伯爵→ファリス
ジュリエット乳母→ジェニカ(名前のみ登場)

神父の孫(オリジナル)→ミド
チョコボ(オリジナル)→ボコ


・・・というところでしょうか。
チョコボやら神父の孫やら、好き勝手やってるあたりかなり・・・というか、もうオチからして全然ロミオとジュリエットじゃないですね・・・はは・・
一応、2回ほど気に入らなくて書き直しました。なかなか気に入らなくて・・・行き詰まったところ、「ですます」調にしたら問題解決♪
本当は、原典だと神父と乳母がかなり出張ってくる話で(ジェニカが名前だけ出てくるのは原典に忠実だった初期段階の名残)、しかもジュリエットにいるのは姉じゃなくて母で、さらにロミオの友人を殺っちゃってロミオに殺られちゃうのはジュリエットの従兄弟なんですが、その辺は気にしちゃ駄目です(←こら)。パリスとファリスなんて音の響きだけで選んだのがバレバレですが(自爆)何故、サリサとファリスが別々に存在しているのかも気にしちゃ駄目ですよ。ちなみに原典だと、ロミオ・ジュリエット・ロミオの友人・ジュリエットの従兄弟・パリスが死んじゃうんですが、それはやめておきました(笑)。

あ、あと、「わー、なんかいやらしげー」と思う人(←いるのか)、原典を読んでみましょう。それどこじゃないです(笑

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