それは秋風が強く、強く吹き付ける日のことでした。

バタン!

教会の扉が勢いよく開きます。続いてドタドタいう靴の音。
落ち葉と共に入ってきたのは、茶色い髪に青い瞳を持った青年でした。
吹き付ける風のせいか、髪もクシャクシャに乱れ、所々に落ち葉がくっ付いてしまっていますが、少しも気付いた様子はありません。

「神父様!神父様はいますか!!」

その青年は入ってくるなり大声で叫び始めました。
教会の壁に、その声が反響して幾重にも重なります。

「神父様!?神父様、いないんですか!?」

返事はありません。
昼下がりのこの時間、神父が出かけているはずはないのですが・・・

(くっ、居留守か・・・こしゃくな真似を!)

痺れを切らした青年は、とうとう奥の手に出る事にしました。
つまり―――

「くそっ―――おい、シド!!いないのか!!?」

「きいいっ!!誰じゃい、わしを呼び捨てにする罰当たり者は!・・・なんじゃ、クラウザー家の跡取り息子か」

―――気難しい神父様のプライドを傷付ける事でした。

「くそ、せっかくいい夢を見ておったというのに・・・」

真っ白な髪と髭をした老人が、柱の影から現われます。
そして、まだトロンと眠たそうな、恨みがましい目で、青年を見ます。

「お前さんのぉ、いくら名家の跡取り息子だからってそれじゃあ世間を渡れんぞ?少しは礼儀っちゅーもんをわきまえんと」

青年は、思わず横の床に眼をやりました。いやーな顔で、聞こえない程度に、囁きます。

「(・・・居留守を使う怠け者神父に礼儀なんか教えられたくねーよ!)」

「・・・んんー?何か言ったかの?」

「い、いや。気のせいだろ?ははは」

「そうかのぉー」

神父様――名前はシド――はまだ疑わしそうに青年の方を見ています。

「わしはお前さんを子供の頃から知っておるが、お前は昔からそれはそれは無作法極まりない子供で、時々それこそ貴族出身とは思えないほど無礼な振る舞いを」

「そ、そうだったっけ?」

「そうじゃ!忘れたとは言わせん」

シド神父は、ふっと息をつくと遠い目をしました。

「・・・以前、お前さんにトードの魔法をかけられて蛙にされた時は大変だったぞい。誰もわしと気付いてくれないばかりか、その辺の腕白小僧共が『わー、デカイ蛙だー、標本にするー』とか言って追いかけてきおってからに・・・」

「十年も前の話じゃねーか!大体、その後あんたが大人気なく俺の親父にいいつけるから俺は魔法を禁止されて・・・結局この年までにトードしか覚えてねーんだからな、俺は!!」

青年が叫ぶと、神父はぐっと拳を握りました。
肩を細かく震わせながら――叫びすぎて疲れたのです、もう結構なお年ですからね――語ります。

「愚かなる人間共を正しき道に導くのが神父の務めじゃ!・・・その為には、どんなに卑劣な手段を用いても神は――多分、お許しになる!!」

「そんな神、思いっきり邪神じゃねーか!」

「・・・むぅ。なんと罰当たりな。そもそも神は・・・」

「あ、も、もういい!!―――それより!」

青年は、このままだと話が進まないような恐怖を感じたので、慌てて話題を変えました。

「どうなってるんだ?例の・・・」

「シッ!!」

シド神父が、大きくなりすぎた青年の声をなだめました。

「・・・そんなに大きな声を出すな。―――ここは教会じゃ。いつ誰が来るかわからん」

青年は少し蒼ざめた顔で頷き、言い直しました。今度は小さく。

「・・・どうなってるんだよ、例の計画は?」

「・・・うむ」

神父は重々しく頷きました。

「今の所は、誰にも気付かれてはおらんじゃろう。問題は、お前さんの相手が弱気になったり、ふと油断してまわりに口を滑らさないか、だが・・・」

「―――ああ、それなら大丈夫だ」

青年は、ここに来てから初めての笑顔を見せました。

「彼女は賢いし、何より、約束したんだ。絶対に来てくれる」

「・・・そうかの?」

神父は少々呆れた顔で、青年の顔を覗き込みました。

「わしは神父じゃからの、色〜んな相談を受ける。よく聞くぞ、女に裏切られたとか、女に振られたとか・・・女は魔物じゃ。女には、男にはよくわからんところがある」

神父は、ひょっと首をすくめました。

「・・・まあ、まだわしはその娘と話した事がないんで、なんとも言えないが・・・」

「話せば、シドだって分かるさ。彼女は魔物なんかじゃない、むしろ、俺にとっては天使なんだ」

「・・・だといいがの」

それにしても、と神父は頭を巡らせます。

「ところで、なんと言ったかの?この不良貴族の跡取り息子の犠牲・・・もとい、花嫁になるっていう、その哀れな娘。」

「・・・あのなー・・・」

今度は青年の方が呆れた顔をしました。

「これでもう何回目だ?一体何度教えたら覚えるんだよ。」

それに、と青年は腕を組みました。軽く睨むように神父を見ます。

「俺は『跡取り息子』じゃない。ちゃんとバッツって名前がある、っていつも言ってるだろ?」

「ほ〜、そ〜じゃったかの〜〜」

あ、なんかむかつく」

「まあまあ」

神父は今にも抜刀して切りかかってきそうな青年を、軽く手で制しました。
目を閉じて、神父らしく静かに諭します。

「・・・そう短気になるな。若い頃は誰でも短気に走って後で悔やむのじゃ・・・愚かにもな。」

青年は俯くと、肩を震わせました。

「・・・ますますむかつく・・・」

「―――で、その娘の名前は??なんじゃったかな??」

本気で怒っているらしい青年を見てそろそろ限界だと悟ったのか、神父はようやく話を元に戻しました。

「これからわしらは共犯者じゃぞ?名前もわからんのでは不便じゃろうに」

「だから、何度も言ってるだろ??彼女の名前は、れ・・・」

「―――神父様?」

カツン、という靴音と、静かな声が響きます。
二人がぎょっとして振り返ると、誰かが教会の入り口に立っていました。逆光で顔はよくわかりません。

「―――神父様、いらっしゃらないのですか?・・・わたくし、ここに来るように言われたのですけれども・・・」

バッツが、ハッと気付きました。柱の影から出て、走り出します。

「シド、彼女だ―――――ここだ、レナ!!」

「バッツ・・・!?」

相手の、レナと呼ばれた少女の方も走り出しました。

「レナ!!」

「バッツ!!」

二人は、教会のちょうど真中あたりで出会いました。そのまま、しっかりと抱き合います。

「ああ、レナ・・・よかった、来てくれて。家を抜け出すのは大変だっただろう?」

静かに尋ねられると、少女はそっと頭を横に振りました。

「いいえ、大変な事なんてなんにも・・・あなたの言った通り、お酒に睡眠薬を混ぜて飲ませたらお父様もお姉様もイチコロだったわ。あと半日は起きないのでしょう?」

「ああ。」

バッツは嬉しげに笑って言いました。

「ただ、気をつけないと、あんまり飲ませすぎると今度は二度と目覚めなくなるからな」

「まあ・・・・・それは大変ね。気をつけるわ」

(・・・・・悪魔の子らめ)

この会話を柱の影で聞いていたシド神父は内心、この二人に関わるのがかなり嫌になってきましたが、ここで逃げては今度は自分の身が危ないと思い直しました。

「あー・・・こほん。よく来たの。」

「あ、し、神父様!いらっしゃったのですか!?」

神父が柱の影から現われると、レナは慌ててバッツから体を離しました。さすがにこの辺りは名家の令嬢、恥じらいで顔が赤く染まっています。バッツが、少し残念そうな顔をしました。

「あ、あの・・・わたし・・・・・!」

「悪いが、もうちょっとこっちに来てくれ。逆光で何も見えんわ」

「あ・・・は、はい!すみません!!」

急いでレナが駆け寄ると、神父は潤んだ目を擦り――泣いているのではありません、まだ眠いので今も欠伸をした所だったのです――じっと見つめました。

「あ、あの・・・わたし、レナと言います。タイクーン家の。」

「・・・・・。」

神父は、無言です。

「あの、今回は、こんな大変な事にご助力頂けることに、本当に感謝して・・・」

「・・・・・・・・・・。」

神父は、尚も無言です。

「・・・一体、どう、お礼を・・・すれば・・・良い、のか・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

レナはいい加減困ってしまいました。

「・・・あのー・・・?」

「―――お前さん!!」

「は、はい!!?」

シド神父は、突然大声を出したかと思うと、ガシッとレナの両手を握りました。

「あんな馬鹿息子に惚れるなんてどんな女かと思ったが、どうしてなかなか美人じゃのう―――どうせならあんなボンクラ息子の所ではなく、わしの所に嫁に来んかね?」

「・・・は・・・・・?」

シドは、神父なのにナンパを始めました。

「わしには、家族は孫が一人おるだけじゃ・・・きっと孫も、こんなに若くてきれいなおばあちゃんなら大歓迎じゃろうて」

しかし、こんな事態を黙って見過ごすはずのない人物がそこにいることを、神父はすっかり忘れてしまっていました。

「・・・・・ふ・ざ・け・る・なああああああああ!!!!」

「ぎゃあああああああああああああ〜!!」

バッツの怒りの必殺キックが神父に炸裂します。神父が思いっきり飛んでいきます。
そして・・・ドカン!
教会の太い柱に激突して床に落下しました。

神父様はその後、30分間も気絶していたとか・・・。


































そもそもの事の始まりは、バッツの悪友のこんな悪巧みからでした。

「なあなあバッツ、今夜タイクーン家で舞踏会をやるんだってよ。いっちょ忍び込んでみねえか??」

「はあ!?・・・ギルガメッシュ、お前自分が何言ってるのかわかってるのか?寝言は寝てから言ってくれよ」

バッツの家、クラウザー家とタイクーン家は町で1・2を争う、共に名門一家です。
同じ貴族同士、仲良くやっていけば問題はなかったのですが、そこは複雑な貴族の世界、この2つの家の確執を知らない人間などこの町にはいません。もしもクラウザー家の跡取り息子がタイクーン家のパーティーに侵入などして見つかれば、ただで済むとはとても考えられませんし、下手をすると、生きて帰る事もできなくなるかもしれません。

「俺はヤだからな。行くなら勝手に一人で行けよ。まあ、お前だって見つかったらただじゃ済まないだろうけどな」

「ケッ、冷てー奴だな、友達甲斐のない・・・ま、いいさ。気が変わったらいつでも言ってくれよな」

「絶対行かないからな。気なんか変わらないって」



「・・・・・で、なんでお前がいる訳?」

夕方のタイクーン家入り口前。多くの着飾った紳士淑女が次々に門の中に入っていくのが見えます。その様子を茂みに隠れて観察しながら、ギルガメッシュが冷たい視線で横で同じように隠れているバッツを見ました。

「『絶対行かねー』とか言ってたの、誰でしたっけねえ??」

「ううう・・・しょうがねえだろ。親父が『暇だったらスイカ畑の世話をしてくれ』なんて言うから・・・つい、『ギルガメッシュと出かける約束がある』って言っちまったんだよ・・・」

バッツの父親、ドルガンは町外れに広大な土地を持っています。他に使い道もあるだろうに、何故か彼はその土地を全てスイカ畑にしてしまったのでした。

「・・・・・ああ、あのスイカ畑か・・・・・そりゃ、確かに嫌だよな」

ギルガメッシュも、同意します。

「だろ?まったくあの畑の広さときたら・・・視界いっぱい、見渡す限りスイカばっかりで。しかも地平線の向こうにもまだスイカが続いてるんだよな・・・」

バッツはうんざりした顔をしました。

「・・・あの畑に入れられたら、水撒きやら草むしりやらを一通りやるのに一ヶ月は出てこられないからな・・・」

「そりゃ地獄だわな」

「というわけで、今回はお前に付き合った方がまだマシだと覚悟を決めてみたよ」

「覚悟か、はっはっは・・・ま、実を言うと、オレもさすがに一人は心細かったからちょうど良かったんだけどな」



タイクーン家の中に入るのは、案外簡単でした。
ギルガメッシュも拍子抜けしたようで、

「なんだ、こんなに簡単に入れるとかえってつまらないな」

などとブツブツ言っています。

「ま、いいじゃないかよ。楽なのに越した事はないぜ」

内心、実はかなりほっとしているのを隠して、バッツはギルガメッシュの背中を軽く叩きました。

「ここには初めて入ったけど・・・・・それにしても豪華なんだな、タイクーン家って」

クラウザー家のモットーは質実剛健。柱などもほとんどが石造りなので見る者にどっしりとした印象を与え、見ようによっては渋いとも言える内装になっています。それに比べると、ここはまるで華美壮麗を絵に描いたかのよう。曲線を多用した優美な柱、至る所に置かれた金細工の置物、壁に何枚も填め込まれた巨大な銀の鏡、そして金のシャンデリアから出る光がそれらを照らすと、まるで屋敷中が輝くようにキラキラとした光であふれるのです。

「なんか俺・・・自分ちに自信がなくなってきたよ」

バッツはがっくりと肩を落としました。

「そう落ち込むなって、派手なだけが貴族じゃないだろ。それに、これが全部本当の金とは限らないだろ?見ろよ、あの猫の置物なんていかにも金メッキって感じだぜ?」

「いいえ。あれは、純金です。」

唐突に割って入った声に、慌てて二人が振り向くと、そこには一人の女性が立っていました。
ツンとした表情で像の解説をします。

「あれは、私の5歳の誕生祝いに父が買い与えてくれたものですわ。父は、偽の金細工など買いはしません。」

「あ・・・あの、あなたは?」

しどろもどろに聞くと、女性はあからさまに不審の目をしました。

「私をご存知ないと?・・・お二人とも今夜の舞踏会のお客様ですね?失礼ですが、招待状を。」

「・・・・・招待状?」

やばい、と動悸が早まる。
そんなもの持ってない、とギルガメッシュを見ると、意外にも彼は落ち着いて何かを差し出しました。カードのように見えます。
女性はチラ、と彼を見ると、渡されたカードを読み上げました。

「・・・カルナックよりお越しの、アルバート伯爵公ならびにリゲル子爵公・・・でしたか。これは失礼を」

相変わらず冷たい顔つきでカードを返すと、女性は軽くお辞儀をしました。そして、廊下の奥を示します。

「お初に御目にかかります、私はタイクーン家の次期当主、サリサと申します――さ、舞踏会会場はあちらでございます。どうぞ。」



「いやー、一時はどうなるかと思ったけど」

並べられたご馳走を手当たり次第平らげながら、ギルガメッシュは笑いました。

「まさか相手がこっちサイドの次期当主だったなんてなあ」

「それにしてもお前、いつの間に招待状なんて手に入れてたんだよ。」

バッツが聞くと、ギルガメッシュはニヤリとしました。

「ふっふっふ・・・あんなこともあろうかと思って、お前が来る前に屋敷に入ろうとしてたやつを捕まえて、そいつの招待状をいただいておいたのさ」

「大丈夫か?盗難届とか出てたら俺達が偽者だってバレちまうぞ?」

言いながら、バッツはこっそり辺りの様子を窺いました。
まわりでは大勢の人が踊ったり、食べたり、談笑していますが誰一人としてバッツ達2人に不審な目を向ける者はいないようです。

「気にしすぎだって。・・・お前、臆病だなあ。さっきの次期当主の女に負けてるぞ」

「・・・」

「だんまりかよ。それにしても、さっきの女・・・サリサっつったか?美人だったよなー。・・・あーあ、俺、お前の友達やめてこっちサイドの人間になっちまおうかなー」

「・・・馬鹿か?」

言い捨てると、バッツは食卓から離れました。

「あ、怒った?・・・冗談だってば、おーい」



タイクーン家の現当主、アレクサンダーは広間より数段高い当主席についていました。その横に、そっとサリサが近付きます。

「・・・お父様。お耳に入れたい事が」

「おお、サリサ。どうした、そんな険しい顔をして?お前は次期当主だぞ、きちんと挨拶して回っているか?そのためにこの会を開いたんだからな」

サリサは、それを無視すると声を落として言いました。

「・・・・・この場に、クラウザー家の人間が入り込んでおります」

「・・・・・なんだと?」

さすがにアレクサンダーも眉を寄せました。

「・・・何故分かった。証拠は?」

「彼らが持っていた招待状・・・アルバート公もリゲル公も、共にかなりの老齢だったはず。にも関わらず、それを持参した連中はまだ若者でした。そして何より、リゲル公を名乗る男の剣には、クラウザー家の紋章が。恐らく、かの家の跡取りかと」

サリサは、目の光を強めました。

「―――どう致します・・・・・?」

アレクサンダーは、ふうと息を吐き出しました。

「・・・放っておけ」

「な・・・何故です!?」

サリサは父の意外な返事にうろたえました。

「呼びもしないのに侵入したのは向こうの非。ここで制裁を下しても、なんら悪い事では・・・」

「落ち着いて考えろ、サリサ。」

彼は、疲れたような目をしてもう一度息を吐き出しました。

「やつらが、ここに来て何かをしたというわけでもない。それに、そう簡単に敵に侵入されたと知れれば我らの信用にも関わる・・・今はやめておけ。何も気付かなかったことにするのだ。わかったな」

「・・・・・はい・・・・・」

サリサは俯くと、無念そうに唇を噛みました。



(ヒマだな・・・・・)

バッツは壁にもたれ、ぼんやりと広間の人々を見ていました。
華やかで、それでいて眠たくなる音楽が絶え間なく奏でられ、くるくると踊りつづける着飾った人々。それらを見ていると、どうしようもなく眠たくなってくるのです。
いい加減、華美壮麗にも飽きてきました。

(早く、あの渋ーい家に帰りたいよ・・・)

ギルガメッシュはまだ気楽にご馳走をパクついています。それが目当てだったのでしょう。
こちらは名前を偽っているのでうっかり人と話すこともできず、かと言って踊る気にも物を食べる気にもなれないというのに気楽なものです。

(これなら、スイカ畑に行った方がまだマシだったか・・・・・ん?)

広間の真ん中で踊っている人々の向こう側、同じように壁を背にしてぼんやりしている人が見えます。
どうやら、自分とたいして変わらない年齢の少女のようです。珊瑚のような色の髪が印象的でした。

(な・・・なんだ?)

その少女を見たとたん、何故かドキンとしました。
少女が、ふっと顔を上げると、目が合いました。にっこりと微笑みます。それは、バッツが今まで見たこともないほど可愛らしい微笑みでした。

「――――――――――!!」

動悸が早まります。耳がドクンドクン言っています。

(ど・・・どうしようどうしよう笑ってきたぞここはやっぱり手でも振るべきなのかいやでもそれはやっぱマズイだろ貴族だしってそうかよく考えたら笑ってきたなら笑い返せばいいんじゃないか考えすぎなんだよ俺の馬鹿馬鹿)

「・・・・・あれ?」

気が付くと、少女の姿が消えています。やはり、すぐに返事を返してやらなかったのがまずかったのでしょうか。
ともかく、バッツはほっとしました。その反面、ひどく惜しい事をしたような気もします。

(あんなかわいい笑顔の子、もう一生会えないぞ・・・・・ああ、俺の馬鹿馬鹿馬鹿)

「―――こんばんは」

「わあ!」

突然話し掛けられて、バッツは思わずよろめきました。

「あ・・・だ、大丈夫ですか?」

相手はびっくりしたように手を差し出しました。

「すみません、驚かせてしまったようで・・・」

「あ、いえ・・・ぼんやりしてた俺の方が悪いんで・・・うわあ!!」

バッツはもう一度転んでしまいました。何故なら、相手がなんと、さっきのあの少女だったからです。

「き、君は・・・さっき、あっちにいた・・・」

もう一度助けられながら、恐る恐る聞いてみます。

「はい。部屋をぐるっとまわりこんできました。」

近くで見ると、少女は本当にきれいでした。身に付けたドレスも、宝石の輝きも、彼女の前ではただの装飾品にすぎません。
少女が目の前でにっこり笑うと、バッツは動悸と、倒れ伏してしまいたいような嬉しさがこみ上げてくるのを感じました。

「あなたとお話してみたいと思いまして」

「お、俺と!?」

思わず叫んでしまってから、慌てて口を押さえました。

「こ、こちらこそ、是非、お話してみたいなー、と・・・」

言いながら、バッツの心は嬉しさでいっぱいでした。

(よっしゃあ!やっぱり、スイカ畑になんか行かなくてよかったあ!!ありがとう青春!俺の人生!!)

「あの、わたくしレナといいます。」

レナと名乗った少女が、ドレスの裾を摘んでちょこんとお辞儀します。

「へー・・・いい名前だな」

思ったことを素直に口に出すと、レナはわずかに頬を染めました。

「あ、ありがとうございます。・・・あの、それで、あなたは?」

「・・・え、俺?」

「はい。あなたのお名前です」

「俺は・・・・・」

「レナ!」

第三者の声が遠くから割って入ります。
どうしようか、と思う間もありませんでした。

「・・・まあ、お姉様ですわ」

レナがちょっと振り返って言いました。

「おねえさん?」

「はい。姉が一人おりますの」

「へー」

「レナ、どこ?」

人の向こうに、声の主が姿を見せます。その姿を見て、バッツはすっと血の気が引くのを感じました。

「あの人は・・・」

「私の姉、サリサです。」

「サリサ・・・・・。俺、さっきあの人に会ったよ。ここの跡取りなんだよな?」

「そうです」

自分の声が沈んでいるのを自覚しました。

「・・・・・じゃあ、君は・・・・・」

「あ、はい。レナ=シャルロット=タイクーン・・・ここの次女です」

サリサが、少し離れた所から妹を見つけ、隣にいる男を注視しました。
ん?と表情が険しくなります。

「・・・・・そう。」

気もそぞろに返事をして、バッツも近付いて来るサリサの視線に気付きました。
殺気すら感じるような、鋭く冷たい眼差し。
不意に、バッツは気付きました。冷や汗が背を伝います。

(―――――バレてるんだ!!)

「あの・・・どうかしましたか?」

レナが、心配そうに見上げてきます。

「気分が悪いのでしたら、あちらの椅子で」

「ごめん・・・また後で!」

急いで走り出します。まだ何か口に詰め込もうとしているギルガメッシュの腕を捕まえ、そのまま引っ張っていきます。

「なんだよバッツ!!離せよ!!」

引っ張られながら、ギルガメッシュは不満そうです。

「言っとくけどなー、オレまだ満腹じゃねーんだよ!!」

「バレてるんだよ!」

広間から急いで退出しながらバッツは思わず怒鳴りました。

「なんでかわからないけど、バレてるんだ!!あの跡取り女に!!」

「へー、そりゃあ大変だ」

ギルガメッシュはようやく自分で走り出しました。

「でもやるなあ、あの女・・・クゥ〜!やっぱりオレ、こっちサイドにつきたくなってきたぜ――飯も、お前んとこよりうまいしな」

「・・・馬鹿言ってるなよ。いいから、走って逃げるぞ!!」

「わかってるって!!」



レナは、客人が逃げるように去っていった方をぼんやりと眺めていました。
一体、何がどうしたのかさっぱりわかりません。

「レナ!!」

振り向きました。自分の姉です。ついぞ見たことのないような険しい形相をしています。

「お姉様・・・・・」

「大丈夫か!?あいつに、何もされてないか!?」

こっくり頷くと、姉はほっと安心した様子を見せました。

「・・・そっか、ならいいんだ。よかった」

「お姉様。あの方は、どなたなのです?どうして急にお帰りになられてしまったのでしょう?」

「レナ・・・あいつはね、『あの』クラウザー家の跡取り息子なのよ。確か名前は・・・バッツ。バッツ=クラウザー」

「え?」

レナは唖然としました。
クラウザー家といえば、幼い頃から仇と教えられてきた恐ろしい敵のはず。

「それが、どうして、ここに・・・?」

「きっと何か悪いことをしようと思って来たのに決まってるわ。あなたに何かある前に私が気付いてよかった」

(嘘・・・あんな、突然話し掛けられただけで転んでしまうような人が、そんな恐ろしい人なの?そんな・・・)

「―――お姉様」

「ん??」

「わたし、なんだか疲れてしまいました・・・今日はもう下がりたいのですが」

「あら本当に顔色が悪いみたいね。・・・いいわ、お父様には私から言っといてあげる」

「・・・ありがとう。お休みなさい」



「お休みなさい」を言っても、レナはとても眠る気にはなれませんでした。
部屋に帰り、いつも通り鍵をかけてから横になっても少しも眠気はやってきません。
どうしても、さっきの青年のことが頭から離れないのです。

(敵・・・あの人は敵なの?あんなに親しみを感じる人は今まで会った事がなかった・・・お友達になれると思ったのに・・・でも、敵なの・・・?)

しばらく天井を睨んでいましたが、やっぱり眠れません。そっとため息をつくと、静かにベッドから滑り降りました。
窓の錠を開け、バルコニーに出ます。
外の空気はひんやり冷たく、時折、まだ続いている宴のざわめきが風に混じって飛んでいきます。
―――と、不意に、ギシ、と妙な音がしました。

「・・・?」

バルコニーの横から、大きな枝が張り出してきています。音は、その枝が鳴った音のようです。

(・・・猫でもいるのかしら)

それにしては大きな音だった―――と思ったときです。葉の中からぬうっと人影が現われました。

(!!!!)

一瞬、思考が停止します。その間に、侵入者は枝を伝ってバルコニーの方に近付いてきました。

(―――逃げなくちゃ!!)

急いで身を翻します。部屋に入り、窓の錠を閉め、自分は部屋から出て助けを呼ぶ――
そのつもりだったのに、慌てすぎたのでしょう。身を翻したとたんに、レナは転んでしまいました。
トン、と侵入者がバルコニーに降り立つ音がします。近付いてきます。腕を掴まれました。
もう駄目だ―――

「・・・・・大丈夫か?」

「・・・・・え?」

悲鳴をあげようとした唇で、そのまま疑問を口にします。

「あなたは・・・・・」

言いながら、なんだか嬉しい気がしました。
腕を掴んでレナを立たせてやると、相手は歯を見せて笑いました。

「また後で・・・って言っただろ?」

「バッツ・・・さん」

「『バッツ』でいいって。・・・あれ?俺、名乗ったっけ?」

ふと、レナの嬉しい気持ちがしぼみました。悲しい気分で首を振ります。

「・・・いいえ。姉に聞きました。―――クラウザー家の人だそうですね」

「ああ」

「やっぱり・・・・」

レナは泣きたくなりました。姉の言った通り、この青年は敵だったのです。

「・・・何をしに来たのですか?見つかったら、殺されてしまうかもしれませんよ?」

「いや、まだ全然お話してなかっただろ?それでさ」

「・・・え?」

レナは少し驚きました。

「本当に、そのためだけに戻ってきたというのですか?」

「もちろん」

「・・・まあ・・・・・」

驚きながらも、思わず笑顔になっていました。

「なんて優しい人なんでしょう、嬉しいです・・・例え、その言葉が嘘だとしても」

「嘘じゃない」

「・・・どちらにしても」

努力して笑顔を消します。なるべく冷たい声で言いました。

「・・・もうお帰りください。ここにいては、あなたの命の保証はできかねます。・・・では」

泣きそうなのを隠して、さっと背を向けます。そのまま歩き出そうとした腕を、強く掴まれました。

「まだ、何か・・・?」

背を向けたままで聞くと、しばらく返事はありませんでした。何かためらうような間があってから、ようやく、低い囁き声が聞こえました。

「ここに来た理由・・・・・さっき言った、あれは嘘だ」

やっぱり・・・レナは肩を落としました。

「・・・それでは、一体なにをしに来たのですか?」

声が震えます。一体、これから自分はどんなことをされるのだろう?
無言で腕を引かれます。引き寄せられて、ぎゅっと抱きすくめられました。

「・・・俺」

気のせいでしょうか?相手の声も震えているような気がします。

「君のことが、好きになったみたいだ」

「・・・え?―――――――――あ、いや・・・」

視界が埋まり、唇を重ねられます。
抵抗しようにも、恐ろしさのためか、頭が痺れたようになって動く事ができません。心臓が狂ったような速さで鼓動を打っています。
暫くしてようやく唇が自由になると、はっと正気に返りました。
暴れて腕から抜け出すと、今度こそ部屋に飛び込みます、窓を閉ざします―――その刹那、声がしました。

「・・・また、来る」

「来ないで!」

錠を下ろします。カーテンを引きます。
そうして、ようやく相手を視界から消しました。枝が鳴りました。彼が帰ったようです。
レナは、思わず床に膝をつきました。心臓が、ドクドク鳴っています。
一人になって、ようやくこらえていた涙があふれました。顔を覆います。

「―――もう、来ないで・・・」



「レナは、最近どうしたんだ?なんだか元気がないようだが」

夕食の席で、アレクサンダーがサリサに尋ねました。レナはここのところ、夕食の席にも顔を出しません。本人に聞けば、具合が悪いので食べる気がしない、とのこと。

「・・・具合が悪い、と言っているではありませんか」

サリサは疲れたように答えました。さすがに一日に何度も同じ事ばかり聞かれては答えるのにも飽き飽きしてしまいます。

「うーむ・・・だがなあ・・・」

彼は、考える素振りをしながら自分の苦手なミニトマトをこっそりサリサの皿に乗せました。

「・・・何か、気になることでもあるのですか?」

目は父親の方を向きながら、ほいとミニトマトを返します。ついでに自分の苦手なピーマンも押し付けました。

「いや、どうもこの間の舞踏会以来、ずっとこの調子のような気がしてな」

ピーマンが戻ってきました。

「疲れがたまっているのでしょう」

もう一度、ピーマンを父親の皿に乗せます。

「だといいのだが・・・いや、しかし・・・」

「何が、そんなに気になっているのですか?」

ピーマンが戻ってくる前に、更に自分の分のミニトマト、それに加えてレバーも押し付けることに成功しました。

「・・・わたしの皿が、苦手なものばかりになっておるのだが・・・」

「話を逸らさないで下さい」

サリサは素知らぬ顔でぱくりとステーキ肉をほおばります。
クゥ、と父親が悔しそうな声を上げました。

「・・・だからだな、ひょっとすると、その・・・舞踏会でレナは、気になる殿方でも見つけたのではないかと」

カラーン。
サリサがフォークを取り落としました。

「な・・・そんな、まさか」

「ありえん話ではないだろう?わたしとお前の母さんが出会ったときも、ああなったものだ・・・食べ物は喉を通らないし、相手のことを考えるともう夜も眠れなくて、それはそれは辛いもの」

「『ああなった』って・・・それって、お父様に出会ったときのお母様が?」

「いや、母さんに出会ったときのわたしが、だ。あの時は一週間で3キロも痩せて、辛かった・・・」

「・・・・・」

サリサは、もういい加減馬鹿らしくなってきたのでもう一刻も早くこの場から去りたくなりました。

「・・・・・ごちそうさまでした。」

「あ、サリサ、まだ話は・・・」

ふぅ、とため息をつきます。

「――あの夜の招待客のリストの中から、該当しそうな人物を2、3ピックアップしておきます。・・・それでよろしいでしょう?」

「おお、そうしてくれるか・・・まったくお前はよく気が利く」

「では、失礼します」

サリサが行ってしまうと、アレクサンダーは長い食卓にぽつんと一人になってしまいました。
切なく皿の上を見ます。苦手なミニトマトを押し付けるのに失敗したばかりか、余計な野菜類まで増えてしまいました。

「・・・サリサめ・・・やるようになったな。これで24勝50敗、か・・・」



また来る、と言われたあの日から、レナは生きた心地もしませんでした。
敵にあんな風にキスされるなんて何か悪い事をしたよう。おまけに告白されるのも初めてで、なんだか恥ずかしくて人と顔を合わせることもできません。ましてや、誰かに話すことなど到底できそうにありません。
毎晩、夜になると早々に全ての窓を閉ざし、錠を下ろしてしまいます。カーテンも閉めてしまいます。
それでも、何故かバルコニーの方から目を離す事もできませんでした。毛布に包まったまま、じっと息を詰めて足音も逃すまいと耳を澄ませているのです。
おとといは来ませんでした。昨夜も来ませんでした。この調子だと、きっと今夜も来ないでしょう。

(―――これじゃあ、まるで待ってるみたいじゃない)

レナはなんだか可笑しくなってきました。

(―――遊ばれたんだわ。冗談だったのよ、きっと、そう・・・なのに、なんでわたしは・・・)

待ってるの?

と続くような気がして、慌てて考えを打ち消しました。

(違う、待ってなんかない・・・ああ、でもせめて、あなたが違う家の人だったら・・・!)

・・・好きになってたのに。

コツ、と窓に何かが当たる音がして、レナはビクリと起き上がりました。

(何・・・?)

耳を澄ませてみても、それ以上は何も聞こえません。風だけが窓を揺らしていきます。

(・・・風で、小石でも当たったのかしら)

もう一度寝ようとベッドに戻りかけたときです。

コツ、コツ、コツ・・・コツ、コツ、コツ

また音がしました。それも3回ずつ、二回も。これは人為的以外の何者でもありません。
――カーテンの向こうに、バルコニーに、誰かいます。

(どうしよう!!)

悩んでいる間にも、窓はコツコツ叩かれ続けています。
どうしよう、このまま気付かないで寝たふりでもしていようか・・・

不意に、音がパッタリとやみました。
あきらめたのでしょうか。
レナはほっとすると同時に、急に胸が苦しくなってきました。
ここまで入ってくるのは、危険なはず。それをわざわざ自分に会いに来てくれたのに、自分はなんと酷い仕打ちをしてしまったのでしょう。バッツが、がっかりしながら帰っていくのが目に浮かびます。気を落とすあまり、うっかりして夜警に見つからなければいいのですが・・・いや、それよりも、自分はこれでいいのでしょうか?今日を逃せば、もう二度とこんなところまではやって来てはくれないでしょう。

「嫌・・・・・」

窓に飛びつきます、カーテンを払い除けて、鍵を外しました。扉を開きます―――

(やっぱりわたし・・・もう一度会いたい!!)

急いで開けた外、バルコニーにはしかし、もう誰もいませんでした。

(帰っちゃった・・・・・の?)

「バッツ、待って・・・まだ、行かないで・・・」

よろよろと手摺につかまり、下を見ますが誰もいません。木が微かに揺れています。
やはり、帰ってしまったようです。

「ああ・・・わたし、なんて馬鹿なことをしたの・・・」

思わず座り込みながら、レナは後悔せずにはいられませんでした。

「――バッツ、どうしてあなたはバッツなの?どうしてわたしがレナなの?どちらかでも違う名前だったなら、幸せになることもできたのに・・・いいえ、違う。名前のせいじゃない、名前が変わっても本人は本人なのに、そんなことにこだわってるわたしが馬鹿だった・・・もしあなたが捨てろと言えば、こんな名前なんか捨てられるのに」

「・・・本当?」

「!?」

背後から声がしました。慌てて振り向きます。
――ちょうど扉の陰になっていて、気が付きませんでした。

「バッツ!・・・そんなところに!」

「待っててくれた?」

涙を拭ってくれながら、バッツが笑いました。

「よかった・・・てっきり嫌われたかと思ってなかなか来れなかったんだ。・・・この間はごめん」

「いいえ・・・・・気にしないで」

思い切って、抱きつきました。

「レ・・ナ・・・?」

「わたしにも言わせてください。・・・好きです。ずっと、会いたいと・・・思っていました。」

「俺もだ。会いたかった」

しばらく抱き合った後、バッツが遠慮がちに切り出しました。

「お願いがあるんだけど・・・」

「お願い・・・?いいですよ。なんでも言ってください?」

「ホント?えっと、じゃあ・・・」

バッツは、クスリと笑うと芝居がかったお辞儀をしました。

「・・・ワタクシの愛しの聖女様。この間お移ししてしまったワタクシの穢れを、どうぞこの唇に移し返してくださいませんか?」

「まあ」

レナは楽しそうに笑いました。

「わたしが聖女様?」

「そう、俺だけの聖女様」

バッツも笑いました。

「あ、でも別に・・・嫌ならいいよ。無理にしなくても」

「いいえ、『穢れ』はキチンと返させていただきます。・・・・・・・・・・はい。」

「・・・ありがとうございます、聖女様」

そっと重ねた唇を離して、どちらからともなく二人は笑いました。



































「・・・・・で、それから何度も会ううちにトントン拍子で話が進んで、ついに結婚話まで出たんじゃったな?」

ようやく気絶から立ち直ったシド神父が、包帯だらけの姿でつまらなさそーに聞きます。

「そうそう・・・まあ、極秘入籍だけどな」

「極秘・・・あんまり感心はせんがの」

「いいんだよ、俺達、そうでもしなきゃ結婚なんかできないだろ?俺達はそれで充分だから・・・な、レナ?」

「ええ。」

レナも頷きました。

「・・・でも、結婚してどうするんじゃ?親御さんにはどう説明する?・・・そうじゃ、こうなったらいっそ、毒殺でも狙うか?」

「殺してどーすんだよ!!だいたいそれが神父の言葉かぁ!?」

「『障害はぶつかる前に毒を使ってでも取り除くべし』・・・わしのひいじいさんの遺言じゃ」

「・・・なんて遺言だよ・・・」

「ちなみに、地下室には遺言通り、毒を集めた棚がある。『あ』〜『ん』まで棚があるんじゃが、『し』の棚がそうじゃ。・・・もちろん、『し』と『死』はかけておる」

「わけわかんねえ・・・だから、親とかには極秘なんだって。俺達はこれからも、いままで通りいつものバルコニーでしか会わない、でも夫婦。・・・それでいいんだ」

シド神父は、目をしばたたかせました。

「・・・お前さん、変わったのう・・・あの、なんでも欲しがっとったわがまま息子が・・・」

眠いのとは別に、目が潤んでいるようにも見えます。

「は?何か言ったか?小さくて聞こえねーよ」

「――今すぐ式を挙げてやると言ったんじゃよ」

「――は?」

「え・・・」

神父は、そっと目頭を拭ってから笑みを見せました。

「呼ぶ親族も面倒な挨拶の言葉も無しじゃ、今やろうと後でやろうと構わんじゃろ・・・さ、二人とも。・・・その祭壇の前に立って」







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