「動かないで」

意外な囁き声に思わずぎょっとしたのは、今が深夜で、そこが林だったから、というだけの理由ではなく。

じゃあ、夜の番。よろしくな――

そう言うが早いか、あっさり夢の世界へ落ちていく彼を半ば呆れ、半ば感心しながら見守ったのはつい数分前だったような気がするのに。
上体を起こし、こちらを手で制するような姿勢で。注意深く辺りを窺う目つきの確かさは、つい数秒前まで、いかにも平和そうな寝息を立てていた人間のものとは思えない。

「…あまり大きい奴じゃない。数も…一匹、か」

夜の闇を揺らすこともない、注意深く密やかな声。
なのに、その声は。

「…もう少し、じっとしていて」

明らかに余裕を含んで笑っている。

「大丈夫だから」

歯まで見せてそう言われても、よくわからない。明らかに意思を持った何かが、闇の中でゆっくりと草を踏んで回る音。明らかにこちらに気付いていて、周囲をぐるぐると旋回するその息遣い。包囲が段々縮まるような、すぐ背後まで鋭い牙が迫っているような、そんな息苦しさに、いまもう叫び出したいほどなのに。

「もう少しで…離れてくから。ほら…」

ほら、行っちゃった。もう大丈夫。
ぽん、と肩を叩く手とともに。
用心した囁きではなく、労わられるような声を耳で捉えてようやく、見開きっぱなしだった瞳が瞬きを思い出した。

(嫌だ、わたし…)

胸元で握り締めていた両手は強張っていて開かない。知らず詰めてしまっていた息さえも、細く細く吐き出すことが精一杯。
――まかせて、と言い出したのは自分だったのに。
旅を始めて4日。なぜか自分だけ免除され続ける寝ずの番。自分には見せてももらえない、狩りと食事の間に必要な決して気持ちよくはない作業の数々。女の子なんだから、などという理由だけで甘やかされる、「特別扱い」の居心地悪さを受け入れることなどできるはずもなく。

(自分から言ったのに……)

初めての夜番は、失敗に間違いなかった。そして二度目は、きっとない。

――その時の心積もりでは、それは、そう長い旅にはならない筈だった。

顔を覆ってしまった彼女を気遣うように、彼は顔を覗き込んだ。

「怖かったか…? 大丈夫、呼んでくれればすぐ起きるから」

慣れてるんだ、そう言って笑う彼が、初めて少し恨めしい。

「ねぇ」

「ん?なんだ?」

「バッツ…が」

すぐに起きたのは――寝が浅かったの?
寝たフリだったの?

どうしたら頼ってもらえるの? わたしは。

わたしがあなたを信じるように、信じてもらえるようになりたい。

そんなことがらを聞くわけにもいかず、告げるわけにもいかず、黙り込んでしまったレナの頭を、掌が優しく叩く。励ますよりは、慰めるように。暖かさに涙が出てしまいそうで、レナはわざと顔を上向けた。見上げた空には、満天の星がある。

(いつかは、きっと…)

決意を秘めた横顔に伸ばしかけた腕を、間際でそっと引っ込めて、バッツは小さく微笑んだ。それは、彼女にはわからなかったかもしれないが――

 

 

 


最初の火:


 

 




「そんな時期もあったんだよなー…」

てきぱきと火を整え、おのおのの寝る位置を確認し、慣れた様子で毛布を肩からかぶって夜番に備えるレナの姿に、バッツはひっそりとぼやいた。
「何?」と問うように振り返るレナの爽やかな笑顔に、曖昧な笑顔でオヤスミを告げ。

思い返せばあれから半年。
それはもう色々あって、結果、色々な意味で強くなった仲間たちがここにいる。

「俺が頼られる、数少ない見せ場は…」

そんなもんねーだろと聞こえたのは、もちろん幻聴なのだろうが。
なんとなく切ないような気分で見上げた空には、あの日と変わらない満天の星がある。


(blog→06/09/19、site→06/10/08)

<あとがきらしき>

ブログから小ネタ移植でございます…
ギャグっぽくしたかったのに、やっぱりいつものカワイソウオチ(バッツ限定)に。
ごめんよバッツ…。これでもFF5A発売の露払いのつもりなんだ!(えー)

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