しあわせ、ひと月分





穏やかな日の差し込む午後。

タイクーン王家第二王女の寝室。
白と濃紺で統一された室内に置かれたその巨大な包みは、いかにも場違いな賑やかさを放っていた。何しろ包装は目も眩む彩度のピンクと水色と黄色が織り成すストライプの布袋、口を止める大きなリボンは赤と金の二重使い。しかも何やら様々な形象の物を無造作に容積いっぱいに詰め込まれ、あちらこちらが奇妙な形に膨らんでいる。王女の乳母や高位女官らがこの多少俗世臭の強すぎる贈り物を、清潔と静謐を旨とするこの部屋に持ち込むことを良しとしなかったのは、彼女らの立場からしてみればいかにも当然のことではあった。それでも老獪さと頑固さとで有名な彼女らが最終的には折れ、しぶしぶながらもこの持ち込みを認めたのは奇跡でもなんでもなく、単に部屋の主である第二王女の意向が一番に尊重されたからに過ぎない。それは王女が彼女ら仕え人たち自身の主であることだけによるのではなく、結局のところ、王女自身がその頼りなさげな細身からは想像し得ない意志の強さを持っていたということ――つまり、いざとなれば頑固さでは誰にも負けないのだということが大きいのだった。

王女レナは貴重な戦利品を前に、満足の微笑を浮かべていた。他の人間が見ればつい伝染して一緒に微笑んでしまいそうなほど幸せ溢れる笑みだったのだが、幸か不幸か、現在この部屋には他に誰もいない。
今、問題の包みは寝台の上に乗っている。よく見られるよう、彼女が自分自身で乗せた。
午前の政務は余裕を持って全て終わらせてある。部屋には自分ひとり。邪魔する者は誰もいない。
彼女は隅に設えられた椅子に座り、うっとりとその包みを眺めた。包みの派手さは確かに部屋の色彩からは浮いていたが、他の者が言うようには気にならない。あんなにキレイで明るい色なのに、と思う。強硬だった乳母らを思い出し、何故彼女らはああも騒いだのだろうとさえ思う。

(きっと、他で何か嫌なことがあったのね)

相変わらず天気の良かった昨日、城門前の芝の上にちょこんと置かれたこの包みを最初に発見したのは、昼休みから戻った門番だったという。その始まりからして怪しさがつきまとういわくつきの品ではあったが、それは添付されていた小さなカードによれば確かに自分宛の贈り物で間違いなかったし、何より短いメッセージを記したその文字は大いに見覚えがあるものだった。



『レナへ 誕生日おめでとう』



文面を思い出し、レナはくすりと笑った。差出人の名がないのはわざとなのか、単に忘れたのか。
どちらも大いにありうる――彼のことなら。

ことによると贈り物の中身そのものよりずっと大切なものかもしれないそのカードは、今は文机の奥に丁寧に仕舞ってある。
――なお実際の彼女の誕生日は一月も先なのだが、そんなことはこの際どうでもいい。

レナはすっと立ち上がると、そのまま包みの正面に立って眺めた。次に同じ高さまでしゃがみ、眺めてみる。包みは相変わらずゴツゴツと不恰好なまま、窓から差し込む日差しの中で燦然と輝いて見えた。思わず指を乗せて表面を撫でると、見た目通りの凹凸が感触として返ってくる。形状も色合いも何もかも、そのものが愛しい包み。ちょっと抱きついてみたいような衝動にも駆られたが、これはさすがに思いとどまっておいた。自分の年齢を冷静に思い出すと何やら恥ずかしかったし、それより中に尖った物でも入っていたら大変だ。一度王女の怪我の原因にでもなってしまえば、彼女の世話係たちはこの包みを没収するのになんの躊躇もしないに違いない。

それにしても、わくわくした気持ちが止まらない。レナはため息をついて、微笑んだ。つらいのではない。ただ時にはこうして盛大に息を吐いておかないと、内から溢れてくる幸福で破裂してしまいかねない気がする。
幼い時分から、こうして贈り物を開ける時はいつもそうだった。開ける時はとにかく楽しみで楽しみで、リボンに手をかけ中身を取り出す瞬間が待ち遠しくてならない。そのくせその楽しい気分が終わってしまうのが惜しく、出来る限りその瞬間を後回しにしようと変な我慢をしたりもする。知らない相手からもらう物でもそうだったが、相手が知っている人間である場合はそれが輪をかけて強くなるものだった。綺麗に飾られた箱の向こう側に、送り主の優しい顔が見えるせいかもしれない。

(…それは、いまだって、まだ、)

リボンに触れかけた手を急いで引っ込め、辺りが無人なのを確認すると、レナはほっと息をついてうっすら頬を染めた。なんとなく、思っていることが外に漏れているのではないかと思ってしまう時がある。

――特に、何やら照れくさいことを考えている時は。

ふと気付いて立ち上がり、寝台の側面に回りこむ。まだ包みを横から眺めた覚えがなかった。開けてしまう前に、包みを全方向から見ておかなくてはならない。包みは、側面から見ても変わらぬ包みだった。ただ、見る角度が変わったために影の付き方や凹凸が違った感じに見えないこともない。反対の側面に回りこむ。目をやって微笑し、また同じ高さにしゃがんで見てみる。どちらから見ても、包みは光の中で自信ありげに見えた。満足の笑みが浮かんでくる。

(そろそろ開けてもいいかな…)

いや、まだだと思い直した。最後にもう一度正面に回り、その姿を思い出に焼き付けておかなくてはならない。
そろそろと移動し、しゃがみこんでうっとりと包みを見上げ――
やっぱり、もう一度だけ側面から見ておこう、と立ち上がった途端に、何かが肩をぽんと叩いた。

「……いつまでやるんだ?」

「!?」

「いや、見てる分には面白いからいいけど」

レナは目を見開き息を呑んで固まったまま、相手の姿を見上げた。背で束ねられた紫の髪が目を射る。立っていたのは彼女の姉だった。タイクーン第一王女・サリサ。今日は何故かビロードに金糸で飾られた黒い詰襟という、明らかに男性貴族の装いをしていたが、不思議とそれが自然に似合っている。もともと「男」として鳴らしていた時期が長かったせいか、それとも生来の性質によるものなのか、性別と言う区分けはこの姉の前ではなんの枠にも鎖にもならない。どちらの強さも魅力も備え自覚している、そんな姉は日頃彼女の自慢であり、その奔放さは憧れでもある。ただ姉の大嫌いな「女らしさ」を推し進める世話係たちは一様にそんな傾向に頭を悩ませているらしかったが。

それにしても、ともかく今は、反射の速度で振り返った自分に姉は満面の笑顔を向けている。
とたんにレナは顔を赤らめた。

「あ…ね…姉さん……あの…」

「いつからいたのか、って質問なら、お前がこの袋を中心に謎の回転運動を始めた頃からだけど」

顔から湯気を出しながら小さくなるレナを見下ろして、サリサはニヤリと笑った。

「なんか聞いたか、って質問なら、残念ながら、と答えとく。なんかブツブツ言ってるのは聞こえたんだけど、内容まではうまく聞き取れなくて……ああ、そういえば尖った物が入ってたら大変だとかなんとか言ってたか?」

「…言ってません…!」

弱々しく呟きながら、レナが頭を抱え込む。サリサは思わず笑った。なんてわかりやすい妹だろう。

「うん。なら、まあ、いいんだ。そういうことにしとこうか」

「姉さ…」

「言っておくけど、ノックはしたからな。部屋に入ってから呼びかけもした。真後ろに立って…こう、念を送ったり、耳に息吹きかけたり、後は…ああ、ぴったりくっついて一緒に回転運動もやったっけ? 袋の周りを…えーと、ざっと何周だ?」

ひとつひとつ指を折って数え上げていくのに従って、レナの顔は赤さを増していくようだった。これ以上やると泣いてしまうかもしれないと判断したところで、

「で、いつまでこうしてほっとくんだ? なんかコワイことでもあるんなら、代わりに開けてやろうか?」

「あ、駄目! わたしが…」

話題を変えてやったことで、レナはようやく立ち直ったようだった。目の縁を慌てて拭い、包みに駆け寄る。サリサはにやりとして身を引いた。

「なんか変な膨らみ方してるよな。ボコボコして。誰かは知らないけど、センス無い奴の詰め方だ」

「見慣れれば可愛いのよ」

思い切ったようにリボンを引き解きながら、レナが楽しそうに言う。包み開封の瞬間に気を取られてすっかり元気を取り戻したようだった。
解けた赤いリボンがシーツに落ちる。サリサはニヤニヤと腕を組むと、作業に夢中な妹を眺めた。わざとらしく声を張り上げ、言う。

「それに、すっごい色だなー。ジェニカたちが騒いでるから、どんなのかと思ったけど。想像を超えてた。間違いなくセンスゼロ」

「誰もやらないことを敢えてやるのはルール破りじゃなくて偉業なんだって、この前熱心に教えてくれたのは姉さんよね」

あくまで包みに集中したまま、レナが素直に返事する。

「…ジェニカはそれ聞いて、ものすごく怒ってたけど」

「後の世に大事なものを残すなら偉業なんだよ。そうじゃなけりゃ、その袋みらいにただのビックリ迷惑師」

「全然迷惑じゃないわよ、楽しいもの。…それで、『窓から大脱走』を繰り返す姉さんは、その後の世にどんな大事なことを残すの?」

「自由意志は尊重すべし。思いついたらやってみるべし、当たっちゃったら砕けてみるべし。後は…なんだろな。儲けるには塩と生モノだ、とか?」

「……ナマモノって?」

「なんだ、砕けてみるべし、の方にツッコミ来るかと思ったのに」

「あ、開いた」

途端に姉妹は袋の口に殺到して頭を寄せ合った。ただでさえ無理に押し込められていた反動で飛び出してきたのは、様々な色をした動物たちのデフォルメされたふわふわぬいぐるみ、どこかの街のミニチュアらしい置物の尖塔に、おもちゃの兵隊、銀の呼び鈴。意図が全くわからないデザインの旗やら、先端に星型の取り付けられた棒やら、何に使うのかレナの腕ほども長さがある巨大な金色のスプーンまで覗いている。

「すごーい…こんなにたくさん!」

レナが歓声を上げる横で、サリサは苦笑せざるを得なかった。
――なんとまあ、わかりやすい。

「……思いっきり子供だましじゃねーか……」

けれど贈られた側は大いに喜んでいる。
ならば贈り物としては大成功なのだろう。

「結局、似たもの同士……ってことか?」

「なぁに?」

「なーんでも」

聞こえなかったのか、首をかしげて聞き返してくる妹にパタパタと手を振りながら背を向ける。

「じゃ、お楽しみのところ邪魔しちゃ悪いから、また後でな」

「うん」

やれやれレナにも困ったもんだと独り言を呟きながら、廊下へ出、自分の部屋へ戻り、

「…じゃあ、一ヵ月後のレナの本当の誕生日までには、あの倍は集めてやらないといけないんだよな…それも、もっと珍しくてもっと愉快なものをたくさん揃えてやって…」




翌日、例のごとく姿を消した第一王女は2週間後には無事帰還。
その際王女が持ち帰った妹姫への奇妙奇天烈な土産品は麻袋にして20以上を数え、その大量さと中身の強烈さ、それを見た多くの女官や王女付きの乳母が卒倒させたらしいという逸話とも相まって、ふた月過ぎても人々の話の種であり続けたという。
それらを誕生祝いとして贈られた際の妹姫の反応は、残念ながら市井にまでは伝わっていない。
ただその後も王女姉妹の仲睦まじさは増すばかりだったというから、妹姫もまんざらではなかったのだろうというのが一般的な見方となっている。何しろ血は水より濃いものなのだから。

またそれと前後してこの地をふらりと訪ねた一人の旅人が客人として城に迎えられ、数日滞在したという。が、何故かその期間、いつも斯様に賑やかな城が珍しく緊張した静謐さを保っていたという、その理由については残念ながら何もわかっていない。下級女官が実家で休暇を取った際にふと漏らした『第二王女はあのひと月、ずっと幸せそうに笑っていた』という一言がひっそりと伝わるのみである。







20051106



メモ:
なんだこのオチ…(笑。
書いている途中でスランプになり、半年ほど放置していたものなので、文体合わせなきゃ!と苦しみました…。というわけで、「また姉妹かよ」というなかれ。書き始めた順番通りにいくと、これが姉妹ブーム第一弾なのです(って、威張っていうことでもなし…)それにしてもギッチリしてて読みづらいですね。
なんでこんな文体にしちゃったんだろう、あの日の私…!




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