今はひとまず目を閉じて





初めは、必要に駆られて――
何しろ物が無い、場所も無い、金も無い。
大義と志だけはあふれるほどあったけれど、それでも休息は必要だから。

あまりに自然な成り行きで、というより、純粋に成り行きだけで進んでいた。
だから何、とも、どう、とも思わなかったけれど。
今になってみて、ようやく思うこともある。

例えば今、この時も。







「じゃ、明かり消すぞー」



誰かが言い出して、一斉に慌ててベッドへと駆け込んで。
ふぅ、と息の音。そして訪れる、あたたかな暗闇。
枕の感触。ふとんの匂い。


「おやすみー」

「おやすみなさーい」

「オヤスミー」

「おやすみッ!」


やり取り、と呼ぶにはあまりに簡単な、短い合唱のようなその一瞬。
もう幾度繰り返されたか、数える方が難しい。
同じ屋根の下で、同じ星空の下で、いったい今まで幾度?

――そして気付けば。残りは、あと、何度?

時も人も心も命も。
一度過ぎたものは決して戻れないのだと、痛いほど知っていたはずなのに。
始まったものはいつかは終わるのだと。
いつかは慣れることもあるかと、終わりまでを数え続ける癖を身につけたあの日。
けれど、何度も見て、傷ついて、刻み付けて、それでも分かったことは、



ああ、――諦められない。







「はーい。みんなー、そろそろロウソク、ふーってするよー」



今夜も誰かが言い出して、皆がベッドへと駆け込んで。


「おやすみー」

「おやすみなさーい」

「オヤスミー」

「おやすみッ!」


『…そういえば、夜はずっと一人だったんだ。
暗いのが怖い時期はとっくに過ぎたけれど、それでも今がとても楽しい。
だから却って、一人の時が長くて良かったって思えるようになったんだ。
ずっと先、また一人に戻っている自分も同じ気持ちなんだろうね。
あたたかく思い出す今この時の記憶を頼りに、一生感謝するんだろうね』

――なんて、あまりに今更、いまさら。
誰が言えるかなあ、そんなこと?


近づく「終わり」の足音に、耳を澄まして。
名残惜しい今日の終わりに、今はひとまず目を閉じて。




20050926



メモ:
旅も終盤、の日々をちょっとポエミー(笑)に。
語り手が誰なのか、はっきりしないのがミソかも…?




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