ためしてごらん、とあなたは言った 「はい、出来た。…大丈夫か? もう痛くないか?」 「うん」 と頷きながら、レナは微笑した―少なくとも、悲しげには見えないように。 「そっか、良かった。…今度から、気をつけろよ?」 そう、明るく笑って。火の側へ戻っていくバッツの後姿へそっと手をかざす。 人差し指の先に手際良く、大仰に巻かれた白い包帯。 本当はまだチリチリと微かな、切り傷特有の痛みは残っているのだけれど。 「…はぁ…」 「どうしたんだよ、ため息ついて」 ビクリ、と顔を上げ。ニヤニヤと覗き込むファリスと間近に見つめ合う。 本当に、微かな微かなため息のつもりだったのに。 いつでもこうして、何気ない様子で、すぐ側で、気を配ってくれている。 バッツとは全然違う。配慮のつもりの嘘も、遠慮のつもりのごまかしも何も通用しない相手―つまりはバッツと同じに、徹底的に甘やかしてくれてしまう人。まだ出会って数日しか経っていないのに、もう何があっても信じられると思える人。 ―わたしとよく似た色の瞳。 「わたし、役に立たないなぁ、って…思って」 野営の準備ぐらい手伝いたかったのに、ナイフが上手く使えなくて。 指先にできたほんの小さな傷に、わざわざ回復魔法を使ってもらう気にもならなくて。 そう言うと、あの人は馬鹿馬鹿しいほど大袈裟な処置を丁寧に丁寧に施してくれて。 そうして。 考えてみれば結局、却って余計な手間と時間をかけさせただけのような…。 「…だめね。どうしてこうなのかしら」 包帯の巻かれた手を見せるようにかざすと、その向こうでファリスが軽く笑った。 「…りんごの皮が剥けないくらい、大したことじゃない」 「一番、簡単なことができないのよ」 「さっき薪を拾ってきてくれただろう。鍋用に重い水を汲んできたのは誰だったっけ?」 「でも、今、出来ることがないの。みんな働いているのにわたしだけ」 「役割分担。やるべきことをやった奴は、大きな顔して休んでいていいんだよ。一人の体力ってのは永遠ではないんだし、無駄遣いすることはないだろ」 「だけど、たまには…」 「たまには、感謝される方になりたい?」 息を呑む。確かに、いつもいつも感謝してばかりで。 つまり、足を引っ張ってばかりということで―だけど。 「違う…と思う」 目を逸らす。視界を塞ぐ長い髪の向こうで、火が輝いている。 「なら、誉められたいんだ」 「そう…なのかな」 なんとはなしに思い返してみる。誉められたい?―役に立ちたい。 役立っていると、思ってもらいたい。それは、願いの形にぴたりとはまる。 「…うん、どちらかといえばそっちかも」 「俺はいつも心からレナを評価してるけど、それじゃ足らないと」 レナは思わず顔を上げた。ファリスは静かに微笑している― 「冗談だよ」 「…ファリ」 「なあなあ。情報、やろうか」 突然目を輝かせ、悪戯っぽく笑いながら、ファリスが顔を寄せてくる。きょとんとするレナの肩を掴んで、耳元に唇を寄せて。 レナは思わず肩を竦めた。間近で囁く声は心地良く低くて、なんだか少しくすぐったい。 「そう、動かずに聞けって。ちょっといい方法を教えてやるからさ――」 * 「腑に落ちない、って顔だな」 無事に食事も後片付けも済んで。 男二人がテントに去った途端、ファリスがひっそりと囁いてきた。 レナは、―とりあえず、素直に頷いた。ひそひそと囁き返す。 「…うん。だってわたし、何もしてないのに…」 「してないことないだろ。今日の夕食は何だった?」 「えーと…パンと、スープ。…と、林檎」 「正しくは、干からびたパンの欠片と、鍋一杯の煮え湯に卵を一つ溶いただけのスープもどき、それに萎びた林檎を四分の一ずつ…だな。ったく、貧しさここまで極まれり。…っと。なぁ、その前に俺の言ったこと、覚えてるか?」 「『いつも通りに宵を過ごせ』…でしょう? 覚えてたけど、それで…」 『レナはすごいな。 見てると俺も、見習えるモンなら見習わないと…って思うよ』 「…どうして、誉められたのかしら」 「簡単なことさ。知らなかったか?」 ファリスが密やかな笑い声を上げる。 「あんな最低な―どんな最低な状況でも、ニコニコ楽しそうに、心から明るく過ごせるオンナノコ。それってかなり人の役に立つんだぜ?」 20050923 メモ: 日記版に色々加筆修正。「わかってくれる人」には色んな種類があると思うのです…。 とりあえず、剥かれただけでどこかに消えていた林檎を慌てて復活させました(笑 |
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