:ある午後における彼の視点



俺は今、非常に機嫌が悪い。
どういう状態かというと、とにかく何もかもが邪魔で、面倒くさくて、うっとおしい…という感じ。少しでも突付かれれば暴れ出したい。いや、何もされなくても暴れ出すかも。
何を見ても腹が立つし、どんな音も我慢できない。雨が続く最近では珍しい位の天気の良さも、俺に対するあてつけとしか思えない。
ここはジャコールの町…の宿屋の一室。俺はベッドに突っ伏したまま動かないでいる。
別に眠たい訳じゃない。腹が立ちすぎてもう何もする気がないから、こうして一人でゴロゴロしてるだけだ。
それで時々、怒りの原因を思い出してますますイライラを募らせたりしてる。
そもそもの原因は、俺が大切にしてた剣を仲間が無断で売ってしまったことだった。
『まぁ、いいじゃないかよ』
張本人の一人、ファリスはそう笑って言った。
『もう相当に古かったし。それにあれブロードソードだろ?あれよりいい剣なんか山ほど持ってるじゃないか』
そうそう、と頷いたのはもう一人の張本人、ガラフだった。
『古い物を大切にするのは良い事じゃが、見切りをつけなくてはならない時もある。バッツもそれを知るべきじゃな』
――要するに、『私達は謝る気も無ければ反省する気もありませーん』…ということらしい。
それだけでは飽き足らず、『古すぎて売れないかと思ったら、手入れが良いからって中古にしては逆に高く売れた』なんてことまで抜かしてきやがった。
古くて当たり前だ、あれはもう4年も使った。
親父が生きていた時から使っていた。親父からの真剣での指南だってあれで直接受け止めた。天涯孤独になった後も、あれで何度窮地を脱してきたことか。
何頭もの魔物と渡り合い、眠る時だって手離さなかった。使う度に刀身を磨き、刃が零れる度に、いや零れるよりも前にきちんと研いだりもした。柄は何年も経つ間に俺の手に合っていたし、まだ当分…いや、もしも使えなくなってもいい、一生持ち歩いてもいいと思っていた。――そういう剣だったのに。
例え同じ形、同じ材質の新品と取り替えてやると言われたって俺は断固断る。家も無い、財産もない、そんな俺が唯一愛着を感じていた品だといっても言いすぎじゃない。あいつらは愛着というものを知らないのか?
俺が怒りで真っ青になってる間に奴らは逃げてった。俺は追いかける気にもなれず、おまけに何もする気がなくなってしまって、仕方なくこうしてゴロゴロしてる。
一般に、これをフテ寝という…のかもしれないけど、どうでもいい。
駄々ッ子とでもなんでも、言いたいように言うがいいさ。その代わり、その後どうなるかは保証できないけど。
そういうわけだから、今あえて俺に近付こうとする奴はいない。
「ねぇ、バッツ」
いない―――はずなんだけど。
俺はこっそりため息をついた。
何故か、世の中には<例外>ってものがある。例えば今、最高に不機嫌で今にも暴れ出しかねない男の側に平気でいる、若くて優しい出奔王女サマとか。
…なんか冗談みたいな肩書きだろ?でも、嘘は一つも無い。
彼女の名前はレナ。歳は俺より一つ下の十九。――でもその割に幼い…というのも違うんだろうけど、正直どことなく頼りないような気がするから、まぁ、なんというか…俺が助けてやらなきゃ…と思う。彼女は王女様で世間知らずな所があるし、何よりか弱い女の子なんだから。だけど以前、仲間にこっそりそれを話したら『過保護だ』と笑われた。
『まあレナは可愛いし、わからないでもないけど』――あの時そう言って笑った二人、今のこの俺のイライラの原因を作った二人は今、酒場にいるらしい。
ま、そもそもは俺の怒りを察して部屋からさっさと出て行ったんだけど…何もこんな昼間っから飲みになんか行かなくてもいいものを。おまけに、その飲み代が俺の剣を売った金から出されるのかと思うと不愉快だ。というよりむしろ、腹が立つ。大体、金が無いこんな時に飲みに行ってどうするんだよ。
あいつら反省ゼロだからな。
「……バッツ、まだ怒ってる?」
俺が答えずにいると、レナはもう一度話し掛けてきた。
俺は顔を上げなかった。できれば、こんな気分の時は誰とも顔を合わせずに一人でいたい。レナだってこんな所にいてもつまらないだけだろうに。
レナも途中まであの二人と一緒にいたらしいけど、酒場まで行ったところで戻ってきた。ファリスやガラフと一緒に酒場にいれば良かったのに、何を考えてるんだか。
それでも向かいのベッドからこっちに話し掛けてくる姿とか、本気で心配してそうな顔なんかが目に浮かぶから、返事だけはしておいた。
「……ああ」
正直に答えると、レナは『やっぱり』と声を落とした。
「よっぽど大切なものだったのね…ごめんなさい。」
ごめんも何も。彼女はその時、俺と一緒に食糧の買出しに行っていたのだから謝る理由なんて無いはずなのに、何故だか責任を感じてるらしい。
レナのせいじゃない、と言いかけて俺はやめた。
なんかもう一切合財が面倒臭い。謝るんなら謝ってくれ。それでなんとかできるんならなんとかしてくれ。
そんな投げやりな気持ちで黙っていると、居心地悪そうなレナの声が聞こえた。
「……どうしたらいいと思う?」
これにも俺は答えなかった。
一応、高めに売れたとは言っても中古の古いブロードソードだ。さすがにまだ買い手は付いてないだろうし、まだ棚の奥にでも仕舞われてあるだろう。
買い戻せばいいのだけど、情けないことにそれだけの資金すら無い。ここまでちょっと無計画に使いすぎた。
今日の宿代――もちろん夕飯はカット――と、ファリス・ガラフ二人分の飲み代(どのくらい使う気なのかはわからないけれど)。今はそれだけで精一杯だろう。そもそも、金があれば最初から剣を売られるなんてことにもならなかっただろうし。
突然、レナがすっと立ち上がる気配がした。
どうしたんだろう。俺の無視に耐えかねて部屋を出て行くのかと思ったら、どうも違う。俺のベッドが揺れた所を見ると、こっちに座りなおしたらしい。
すぐ側にレナが座ってる―――俺はなんとなく緊張した。
緊張したところにレナの手が遠慮がちに俺の髪を撫でて、俺は更に緊張した。
「……レナ?」
俺はソッポを向いて、なおかつ冷静を装って聞いたけれど、レナの返事はない。まさかさっきから俺に無視され続けた仕返しというわけではないとは思うけれど…レナに限って、仕返しなんて考えるはずが無い。
よく耳を澄ませれば何か小さな声でブツブツ言ってるような気はする。けれど、やっぱり意味のある言葉は聞き取れない。
ただただ、なだめようとするみたいに俺の髪を指で梳いてる。
(…全く…犬や猫じゃあるまいし。一体、何考えてるんだ?)
――それでも俺が突っ伏したまま動かなかったのは、それがなんだか気持ちよかったからだったりする。
本当に気持ちがいい。うっかりすると、怒ってたのを忘れてしまいそうなくらいに……て、駄目だろオイ。
今、俺が怒るのをやめるのは、俺が大切な剣のことを諦める事だ。それは俺が負けたみたいで嫌だし、悔しい。――けど、気持ちいい。
妙な気分だった。気持ちよさが怒りを抑えそうになって、それでも消える寸前で怒りを無理にでも湧き出させて、けれどまた気持ちよく――
「……ごめんね」
レナが囁いた。……ん?『ごめんね』?
どういう意味なのか聞き返そうとした瞬間、急に俺の身体が重くなった。
何か物が乗っかってきたわけじゃない。のしかかってきたのは眠気、だった。
一体、突然どうしたんだろう。手足も、頭までも痺れたみたいだし、瞼が重くて言う事を聞かない。
(……なんだか……戦闘中に『スリプル』の魔法をかけられた時に似てるな……)
『スリプル』は黒魔法の一つで、かけた相手を眠らせる呪文だ。
これをかけられたら、会話中だろうと料理中だろうと、それこそ戦闘中だろうと、本当にどうしようもない。一秒と経たずに寝てしまう。
(どうでもいいけど…戦闘中に寝させられて、終わった後に起きた時って…いつの間にか他の仲間がボロボロになってたりして、そのくせ寝起きの自分だけピンピンしてたりして…あれってすごく気まずいんだよな…。)
そこで気付いた。
(そういえば……レナって今は黒魔道士やってたっけ……)
俺はなんとか顔の向きだけでも変えて、レナの方を見ようとした。
――ああ…駄目だ…。…目の前がぼやけて……。
俺の顔を覗き込んでるらしい、肌色の滲みだけを捉えた所で――俺の記憶は一旦途切れた。







―――どのくらいの時間が経ったのだろう?
俺は目を覚ましてすぐ、辺りの様子を探った。どうやら、まだ日は沈んではいないらしい。さすがに眠らされた時刻――正午頃の刺すような日差しと比べれば柔らかくなってるような気はするけれど――とにかくそれを知って少しホッとする。
どうしてだか、俺は昔から昼間に寝るのが嫌いだ。まだ日が高い時に寝て、起きた時に夕陽が見えたりすると、なんだか恐ろしく時間を無駄にしてしまったようで、それが嫌なのかもしれない。あるいは、自分だけが時間に取り残されたような気分になるのが。
(そういえば……レナはどこに行ったんだ?)
部屋には俺一人のようだった。まあ、俺が眠ってから3〜4時間は経ってそうだから仕方ない事だろう――そう思いながらも、なんとなくガッカリした。
とにかくベッドから降りようと身体を起こせば目の前には鏡があって、寝ぼけまなこの俺の顔を映し出している。
…はっきり言って情けない顔だ。よく見れば、頬にシーツの跡まで付いてる。カッコ悪いったらありゃしない。
念のため、顔に落書きなんかされてないか確認してから(レナにその意志はなくても、案外ファリス達の命令ならば実行するかもしれない)、俺は鏡の中の情けない俺の姿に苦笑しながら床に立った。
それにしても、レナは何のために俺を眠らせたんだろう?
服についた皺を手で適当に撫で付けて伸ばしながら、俺は考えた。
やっぱり、俺の態度があまりにも冷たくて、それで腹いせに眠らせたんだろうか?いや、でもただ眠らせてもな…そこから状況が好転するわけでもないし。まさか、寝たら俺の機嫌が直る…なんて思ったわけじゃないだろうし。
それとも、俺が起きていると困ることでもあったんだろうか?よく考えれば、一人で宿屋に戻ってきたっていうのもおかしな話だ。もしかしてレナが戻ってきたのは俺に用事があるからじゃなく、他に用事があったからだったりして。例えば着替えとか。それで、俺の目が邪魔で眠らせた…?
ま、本人に聞くのが一番早いんだろうけど…推測としてはこんなもんかな。
俺はなんだか複雑な気持ちでため息をついた。
なんとなく…なんとなーくだけど、裏切られたような気分。俺はレナに何を期待してたんだろう。
レナは、俺をどう思ってるんだろう…?
俺は何気なくレナのベッドを見た。――そして凍りついた。
杖、ロッド、短剣、ローブ――そんな無骨なもの。レナの装備品とその予備一式。全部俺が買ってやったものだ。
それが、ベッドの中央にきれいに揃えて置かれてある。―――まるで、置き手紙か何かのように。
不吉な予感がした。
(…置き手紙…?…いや、そんな。まさかな)
俺は笑おうとした。けど、笑えなかった。
もしかしたら俺は、いくら大切にしていたとはいえ、剣一本の事で随分酷い態度を取ったかもしれない。しかも、レナはなんの関係もなかったのに。
大した事とは思わせない感じだったけれど、レナは深く傷ついていたのかもしれない。…もしかしたら、それで愛想を尽かされたんだろうか。そして、さっさとタイクーンにでも帰ってしまったのだろうか。ベッドに置いていかれた荷物の中に、レナが最初にタイクーンから持ち出してきた品物はなかったから、それは大いにあり得る。
『……ごめんね』
――あれはそういう意味だったのかもしれない。俺はようやく気がついた。
あの時、レナはどこかいつもと違う感じだった。無理もない、レナは俺を見限ろうとしてたんだ。
レナは優しいから、どんな相手に対してもそれはすまないと思うのだろう。その結果の『ごめんね』。
……なんてこった……
脱力しかけて、俺はハッと気付いた。
タイクーンに帰る、だって?そんなことはありえない。
そもそも、レナがわざわざ城を飛び出したのは父親のタイクーン王を助ける為、だったはずだ。それを果たさないうちに帰るなんてありえない。
ましてや、ここは西のカルナック大陸だぞ?船も出ていない今、どうやって一人でタイクーンのある東大陸に帰るって言うんだ?
(……じゃあ、どこへ……?)
唐突に。
本当に唐突に、俺は嫌な事を考えついた。
――もしかしたらレナは俺の代わりになる他の戦士を探して、そいつと一緒に行くつもりなんじゃないか。
そもそも、どうして俺がレナと一緒にここまで来る事になったかというと…彼女が城を出て最初に会ったのが俺だったからに過ぎない。
本当に偶然、たまたまそうなっただけだ。だから、レナとしては一緒にいるのが俺である必要もないのかもしれないし…
何の根拠もないものの、何故か俺にはそれがとても現実味のある話のような気がしてきた。
更に嫌な予感がした。
その戦士は男だろうか。俺より金持ちで顔も良くて、立ち居振舞いも優しげで。少なくとも、女性に八つ当たりをするような奴じゃないんだろう。ファリスやガラフも金がある方の仲間として喜んでついていってしまうかもしれない。そうなると俺は完全に除け者だ。光の戦士が一人欠けることになるけれど、もともと特別に見込まれて『選ばれた』わけでもないし、クリスタルの加護でさえ心変わりしないとは言い切れない。大体、一人欠けたくらいでどうにかなるんだろうか?当てにできることは何もない。
――いや、それだけならいい。
レナはそいつを好きになるんじゃないだろうか?――やっぱり根拠もなく、俺はそんなことまで考えた。
レナの優しい性格を知らずとも、見た目からして可愛いから、相手だってすぐその気になるだろう。
笑い合ったり。手を繋いだり。膝枕なんかもしたりして。あの手で優しく髪を撫でてやったりするんだろうか―――
…どうしてだろう。剣を売られたと知った時より、衝撃が激しかった。もっと嫌な感じがする。
胸が苦しい。悔しい。
――俺はおかしいんだろうか。全部俺の勝手な想像、妄想なのに。
ガックリ落ち込んだ気分でもう一度鏡を見ると、さっきよりもっと悲惨な顔がそこにあった。――俺、どうしてもっと綺麗な顔に生まれなかったんだろう?
無理に笑えば、鏡の中のそいつもニィッと自信なさげに笑う。どうにも陰気な笑いだった。
気に入らない。
かといって、持って生まれた自分の顔ばかりはどうしようもできない。
とりあえず先の事を考えようと、俺は色々頭を巡らせてみた。
――まず、ここまで巻き込まれたんだから、見捨てられるのはごめんだ。なら、どうすればいい?
思いつく方法は一つ。レナを見つけて、ここに留まってくれるように説得すること。
それで心を動かしてくれるといいんだけど。もしもそれでも駄目だった場合は……
……それはまぁ、その時に考えよう。
とにかく今は、レナを探さないと。




俺はすぐに宿を飛び出した。
宿屋は町の端の方にあるから、とりあえず町の中心を目指す。人が集まる辺りを当たればすぐ見つかるだろうと思ったのだけど、これが甘かった。
ジャコールの町は想像以上に広い。おまけに山の勾配ににへばりつくようにして作られた町の特殊な地形のせいか、やたら斜面と階段が多くて疲れる。
それに加えて人が多い。この町の北には宝が眠っている(といわれる)洞窟があって、それを目指してきた冒険者達で町は溢れ返っているんだった。
何度も階段を上ったり下りたりする間も、腕に覚えのありそうな戦士達と数え切れないほどすれ違った。たまに女もいたけど、ほとんどが男だ。
俺は、なんとなく焦った。
(レナ、本当にどこ行ったんだ?)
宿にはを出て、まず道具屋を覗いた。武器屋にも防具屋にもいなかった。苦労して見つけた、町外れの魔法屋にもいなかった。人ごみの中でも一応注意して辺りを見ていたけれど、あの特徴ある髪の色は見当たらない。階段を何百段も何千段ものぼりながら、俺は段々しんどくなってきた。
――よく考えてみれば、こんな広い複雑な土地で、しかもこの人ごみの中で、たった一人の人間を見つけることなんかできるのか?
もっといい方法はないのか?こうしてる間にも、取り返しのつかないことが進行してるかもしれないっていうのに。
気がつけば、町の随分高い所まで登ってきていた。真っ青な空が頭に近い。
階段を何度も上り下りしたせいか、息が切れてる。空気が薄いせいもあるのかもしれない。見晴らし台の手摺に寄り掛かりながら、俺はそんなことを思った。
そこからの眺めは本当に素晴らしく良くて、山の下の方に行くにつれて広がった町の形や、辺りを囲む山脈に積もった雪なんかもしっかり見える。それだけここの標高が高いということだ。町の本当に下のほうなんか、うっすら霞みがかって見える――といっても、俺は高い所が苦手だから直視はできないんだけど。
それにしても広い町だ。上から見た事ではっきり分かった。
高い所から低い所へ、町は扇形に広がってる。最上部にあたるここには、さすがに上がってくる人もそうそういないらしい。人影もまばらでなんだか寂れた感じだ。
それに比べて下の方は横に広がっている分面積も広いし、店なんかも多い。その分、人の数も格段に多そうだ。陽光を反射して光ってるあの屋根の辺りには、一体どのくらいの人間がいるのか。何千人?…何万人?
俺はため息をついた。
やっぱり無理だ。こんな場所で、しかも自分の意志で出て行った人間を探すなんて…。




俺は暗い気分で町を下りていった。いやに足が重い。気分も重い。
もう、レナはこの町にはいないのかもしれない――急にそんな気がしてきた。もう新しい仲間を見つけてしまったか、他の町へ移動したのか…もしそうじゃないとしても、例え俺がレナを見つけたところでレナが戻ってきてくれるとは限らない。俺は無駄なことをしてるんじゃないのか?
何もかも上手くいかない。段々、腹が立ってきた。
大体、俺が一体何をしたっていうんだ?
もともと被害者だったのは俺だぞ。あの剣には本当に愛着があったんだ。それを勝手に売られて、怒っちゃいけないっていうのか?
どうして俺だけ見捨てられなくちゃいけないんだ?悪いのは俺なのか?
どうしてだ?なんでなんだ?
イライラしながら歩いていたからか、往路とは違う階段を下りて来てしまったらしい。
目の前に、さっきは見なかった酒場が現われた。まだ表も明るいせいか、あまり客がいる雰囲気じゃない。俺は立ち止まった。
(まだ昼間だけど…構うもんか。こうなったら俺も酒に走ってやる)
我ながら情けない思考だけど、『ここにならレナがいるかもしれない』という期待もなかったわけじゃない。酒場は情報――それに、そう、それこそ仲間なんかを集めたい人にはうってつけの場所だから。俺は何度もそれを教えたから、レナだってそれを知ってるはずだ。
もっとも、そんな淡い期待はすぐに裏切られた。
広い店の中はガラガラで、ところどころポツン、ポツンと客が――それも大抵男一人で――辛気臭そうにグラスを傾けている。ざっと見回して、レナがいないのはすぐにわかった。
ガッカリしたのと、『やっぱりな』と思ったのと、半分半分。
念のために、もう一度だけ辺りを見回して――接客に出てきた一人のウエイターを見て、俺は目を見張った。
「いらっしゃ―――イィッ!?」
妙な挨拶をしたまま固まった従業員は、どう見ても。
「……ファリス?」
「げ、バッツ!?」
そいつはやっぱりファリスだった。何故か店員の恰好なんかしてる。
そのファリスは俺を見るなり、殺し屋にでも会ったみたいな顔で突然回れ右すると店の奥に駆け込んでいった。
「おい、待てよ!」
なんでファリスが酒場の従業員なんてやってるんだ?
何がなんだかわからないまま、俺はファリスを追いかけて厨房まで入っていった。店の人間に何か言われるか、と思ったけど、厨房には2つしか人影がなかった。他の人間はちょうど出払ってるらしい。
逃げ込んだファリスと、もう一人。
俺は呆れて足を止めた。
「……お前ら、ここで何やってんだ?」
『もう一人』がビクリ、と反応した。――そいつは、ガラフだった。
よっぽど慌てたのか、口からポロリと何かが落ちる――ありがちだけど、つまみ食い現場だったらしい。
俺に見られて慌ててるんだか、見たのが俺だったから慌ててるんだか…。
「ババ、バッツ!?何故ここに!?」
「…こっちが聞いてるんだけど。」
俺はわざと冷たい声で言った。
2人は俺に謝ったわけでもないし、俺だってまだ許してない。
「2人して何やってるんだ?こんな所で」
ガラフがちらっ、とファリスを見た。ファリスが肩をすくめてみせる。
2人で何かしきりに目線で会話した後、口を開いたのはファリスだった。
「――まあ、見つかったのならしょうがないな。見てのとおり、ただの金稼ぎさ」
「…金稼ぎ?」
「そうそう。誰かさんがあんまりみっともなく拗ねとったんでな。」
ガラフが割り込んだ。
「みっともない誰かさんの為に仕方なく、優しいわしらはこうして働いて小銭でも稼いでやろうとしてるんじゃよ」
「ちょ、ちょっと待て!」
俺は慌てて話を遮った。――この二人が酒場にいると聞いた時、てっきり酒でも飲むんだろうと思って恨んだ。でも、それは……
「……俺の、為なのか?」
俺の質問に、二人は顔を見合わせた。
「…そりゃあ、なあ?」
「あれだけ駄々っ子ぶりを見せ付けられては…のー?」
――俺はなんだか恥ずかしくなってきた。この二人、俺の剣に関して反省してないわけじゃなかったんだ。素直に謝るとか、そういう性分じゃないだけで。
それだけじゃなく、落ち込んでる俺のために、こっそり働いて金を稼ごうとしてる。
恐らくは、俺の剣を買い戻すために。
なのに、俺は勝手に誤解して――いつまでも怒ってるだけで。なんて情けないんだろう。
俺は急に、自分が怒った事が馬鹿馬鹿しくなってきた。
「…ごめん」
俺が謝ると、二人はもう一度顔を見合わせた。
「…まあ、俺達も悪かったよ。」
「今度からは物を売る時にはもう少し気をつけるからの」
気まずそうに笑う。
「…だから、まあ…お前が謝る事はないだろ。なんか気持ち悪いし。慣れない事はしない方がいいんじゃないのか?」
…一言多いような気がするけれど、今回は聞かなかったことにしておこう。
正直、もう剣のことはどうでもよくなってきていた。あんなに怒ってたのが嘘みたいだ。
確かに今でも名残惜しいには名残惜しいけど、それで周りに迷惑をかけるほどの事じゃないと思えるようになっていた。
たくさん思い出のある品だと言っても、冷静に考えればその思い出を保管してるのは俺自身なんだから。
――とりあえず、俺達3人はこれで仲直り。
「別に、無理して働かなくてもいいんだぞ?」
俺の言葉に二人は頷かなかった。
ここの給料は日払いらしい。せっかくここまで働いたんだから、一日分の給料を受け取るまでは働き続ける――と主張して。
剣を買い戻す必要がなくなった今、今度は自分達の懐に入れる金を、と目標を変えたらしい。
あいつららしいといえば、らしいけど。
「ところで、レナを知らないか?」
そう、まだ一人とだけ仲直りが済んでない。
「どこを探してもいないんだ。…もしかして、やっぱりこの店で働いてたりしないか?」
俺が言うと、二人はさっと目を見交わした。さっきまでと違って、今度は二人共、目が妙にいたずらっぽい。
「…さあな」
わざと取り澄ましたような顔で、ファリスが言う。
「残念だな。レナだったらここにはいないぜ?」
「わしらも、ここにいる間は見とらんのー」
ガラフまで、なんだかわざとらしい。――これは何かあるな。
俺は注意深く二人の顔を見た。二人とも少しずつ視線をずらして、俺の顔を見ないようにしてる。澄ましながら、それでいて笑いをこらえたような。
「…というよりの、口止めされとるんじゃよ。レナ本人からな」
どうやらそれが真実らしい。――それにしても、どうして口止めなんか?この二人と別行動なんかして、レナは一体何をするつもりなんだ?どこに行ったんだ?
俺がじっと考えていると、ファリスが面白そうに言った。
「…うん、まあ、レナの行方については残念ながらコメントできないけどな」
俺が顔を上げると、ファリスは斜めに目をやったまま、ニヤリとした。
「忠告だ。――町の裏手の、小さな森には行くなよ?」
「…森?」
こいつ、何言ってるんだ?
俺が内心首を傾げると、ガラフももっともらしく頷いた。
「そうそう――特に、森の中でもちょっと開けた具合の、日当たりのいい小広場などには絶対に近付いちゃいかん。小川の側にあるんじゃがな。」
「小川の側…」
二人の言ったことを、俺はしっかり頭に叩き込んだ。
――つまり、町の裏手の森の中の、日当たりがよくて小川の流れる小さな広場にいるんだな?レナは。
俺が二人の顔を見ると、二人はニヤニヤ笑っていた。――『わかったか?』とでも言うように。
「――よーーく、わかった」
俺もニヤッと笑い返した。
「そんな場所には絶対、近付かない」
二人はますますニヤニヤした。
「―――わかったら、よろしい」



ファリス達にはああ言ったけれど、もちろんそれを守るつもりなんかない。あいつらだってそれは了承済みのはずだ。
行ってはいけないと言われたその場所は、簡単に見つかった。その森は思ったほど小さいものではなかったし、その上その時は人影もなかったけれど、町の人間が薪でも拾いにかたまに訪れるらしく、草が踏み分けられてできた獣道が小川まで続いていた。枝から洩れる夕陽を浴びてキラキラ光るその小川を辿って行くと、例の『日当たりのいい、小さな広場』まではすぐだった。
俺は足を止めた。
広場の反対側。少し奥まった方に、色とりどりの旗が何枚も枝々から下がっているのが見える。
なんでこんな所に旗が――と思って少し近付くと、それは旗じゃなくて洋服なんだとわかった。どれも女物で、しかもどこかで見たことがあるような……
「……?」
何か視界の端で動いたような気がして、俺はそっちに目をやった。
誰かが木の間を動き回って、枝に掛かった服を引っ張ったりして形を整えたりしているのが目に入る。俺には気付いていないらしい。俺は足音を殺して、そのすぐ背後まで近寄った。
「―――レナ?」
ピタリと動きを止めて、彼女は振り向いた。
「……え?…バッツ?」
やっぱりレナだった。葉陰と木漏れ日で斑に染まった顔で、俺のことを不思議そうに見る。
「…どうしてここがわかったの?」
「勘」
答えながら、俺はレナの様子を窺った。――別に慌てている様子はない。
それどころか俺の言葉を疑う様子もない。すごいわね、などと言って感心している。
レナはまだ信頼しているんだ。ファリスも、ガラフも、――俺も。
そう思うと、少しほっとした。見捨てられたわけじゃないらしい。
「これは――」
俺は枝にかかったレナの服を指した。
「…洗濯、か?」
「うん」
レナは屈託なく頷いた。
「ここの宿屋じゃ、洗わせてもらえなくて。小川に行けばいいってここを教えてもらったの」
「……そう……」
なんだか力が抜けた。――全部が全部、俺の思い込みだったのか。
それも、なんて的外れな。恥ずかしくてしょうがない。誰も俺の思考が読めないっていうのが唯一の救いか…。
「しっかし…なんでまた、こんな一斉に洗濯する気になったんだ?」
俺はちょっと呆れて言った。
枝に掛かっている服の数自体は大した事ないけれど、一着一着がやたら丁寧に洗ってある。小さな汚れ一つ残さず、そのまま売れそうなくらいきれいにしてある。よっぽど時間をかけたんだろうな。
―――そのまま『売れそうな』くらい?
何故だかヒヤリとした。
「……なあ…レナ…?」
俺は恐る恐る訊いてみた。
「ひょっとして、これ…売るつもりだったのか……?」
レナが驚いた顔で俺を見る。
「嘘……すごい、どうしてわかったの?」
やっぱりだ。
俺は内心で自分を色々と罵りながら、それでもなんとか答えた。
「…勘…」



案の定だった。レナもまた、俺の剣を買い戻す為に動いていたらしい。
始めはファリス達と一緒に酒場で働こうとしたのに、募集していた人数は二人だけだったという。酒場の仕事は結構な力仕事だから、いかにも力の無さそうなレナは真っ先に弾かれてしまったのに違いない。
レナはその場で、自分の持ち物を売って資金を得ることを考えついたらしい。二人にその案を打ち明けて宿屋に戻り、俺を眠らせてから(俺が金を出した分は除いた)自分の持ち物から売る物を選定。一回きれいに洗った方がいいだろうと判断して、森へ。その際、心配させないようにファリス達には行き先を告げておいた、と。
まとめてしまうと、つまり、レナの行動はこういうことだった。
いや、しかし。
レナは知らないわけだけど、まさか俺があんなにも必死に探し回ることになるとは夢にも思わなかったみたいだ。
俺ってそんなに冷血に見えるのか?
ちなみに、レナが売ろうとしていたのは服だけじゃなかった。
川べりの平たい岩の上に光るものが置いてあって、よく見ればそれは小さな石の付いた腕輪だった。それに、柄の部分に飛竜の紋章が掘り込んである短剣。その鞘には赤い石が付いている。――両方とも、レナが最初から身につけていた物だ。それらはきれいに磨かれた状態で、あたたかく光る岩の上でひなたぼっこさせられていた。
「これだけ売れば、しばらくはお金に困らないと思うの」
そう言って笑うレナに、俺は頭が上がらない思いがした。
だってこれ、レナ自身の大切な物じゃないのか?
「ううん、大丈夫…――あのね。本当は、これを売ったら一番お金になると思ったんだけど」
レナは自分の胸元に光る、飛竜の形のペンダントを指した。
「やっぱり、これはどうしても売れないの。身分を証明するものだから、っていうのもあるけれど、それ以上に私にとって大切な物だから」
「…あぁ…」
「――バッツの剣と一緒かな、と思って」
ドキッとした。
それでも冷静を装って、何気なく訊いてみる。
「…一緒?…って?」
…なんて。本当は続きを喋らせたいだけだったりして。ああ、あまのじゃくだなぁ…俺…。
「だって、大事な物でしょう?」
レナは俺の半端に邪な思惑になんか気付きもせずに、ふんわり笑顔で言ってのけた。
この純真性…見上げたもんだけど、その内いつか誰かに騙されるんじゃないかと俺の方が心配になってくる。
「だから、絶対に取り戻さなきゃ」
「…大事って言っても…なぁ?」
同じと言い切ってしまうのは、どうだろう。気圧され気味に、俺はボソボソ呟いた。
「…だって、レナのあのペンダントってタイクーンの王族である証みたいな物だろ?そんな由緒もいわくもある物と、俺の古ぼけた剣なんかを一緒に並べて考えないでくれよ。なんか…俺には恐れ多いだろ?」
俺がそう言うと、レナはなんだか傷付いたような顔をした――別に、酷いことを言ったつもりはなかったのに。俺には意外な事だったから、その顔はやけに印象に残った。
もっとも、数秒後には元のレナに戻っていたわけだけど。
「…でも、やっぱり取り戻したいでしょう」
――いや、やっぱり少し落ち込んでるかも。笑う顔がどことなく暗い。
やばいなー…やばいよ。さっき、俺が言った中の何がいけなかったんだろ?普通のことしか言ってないよな?
…それともあれか?俺がレナの言う事に素直に同調しなかったから、とか?…いや、でもレナの心はそんなに狭くないし…。
どっちかっていうと、むしろ広い方に分類されるはず…いや、『広過ぎ』に分類されても不思議じゃない。
それじゃあ、一体何がいけなかったんだろう…。
俺はその時、思考の迷路に入り込みかけていた。
よく考えてみれば、レナには必要以上にキツク当たってしまったような気がする。俺の言った事がどうこうじゃなく、ただ単に嫌われてるんだったらどうしよう?今は笑ってるけど、実はたった今、この瞬間も、心の中では嫌な顔をしてるのかもしれない。――それは、恐ろしい考えだった。
認めたくない。レナに嫌われるというのは、今の俺には古い大切な剣を失う事なんかより何倍も恐ろしい。
もう、気付いていた。――随分前から知ってた気がするけど、今ようやく認めてしまった。
…どうしよう。俺、レナが好きみたいだ。
どうしよう。
俺はゆっくり息を吸って、思い切り息を吐いてみた。
こうすると少し、落ち着く。落ち着いたついでに、思い切って言ってみた。
「――いや、もういい。あの剣のことは諦める」
言った途端、ふっと気持ちが楽になった。
「…え?」
レナが驚いた声を出す。
「いいんだ。こんなことで、みんなと気まずくなるのも変だ。それに、こんな生活でいつまでも記念の品なんか持ち歩けない。…極論すると、過去は忘れても明日には行けるんだ」
言いながら、難なく笑えた。さっきまでの心配とか気鬱が信じられないくらい、気分が軽い。
――本当は、最初からわかってた。思い出の度に何か残してたらキリがない。だから、こんなにもあっさり諦めがつく。
ただ慰められたかっただけなのかもしれない。――そんな気もしてきた。
意地を張って、被害者顔して、それで『かわいそうね』って同情されたかっただけなのかも。
今では怒ってた気分もすっかり薄くなってる。――俺、どうしてあそこまで怒ってたんだろ?
俺は、『大事なモノ』の優先順位を間違えてた。
「…ファリス達とは仲直りしたんだ」
俺が言うと、レナは自分のことみたいに嬉しそうにした。
「よかった」
「一寝入りして、頭が冷えたお陰かな」
わざと言うと、レナは照れたように笑った。
「あ・・・あれは・・・ごめんね。売るために荷物を持ち出すのを見られたくなかったの」
「…わかってる」
俺が見ていたら、まずそれは止めただろう。眠らせたのは、俺に変に気を使わせたり、心配させたりさせないように、というレナなりの配慮だったんだ。
まあ、そのせいで俺は別の心配と苦労をする羽目になったわけだけど…
レナが知ったら申し訳なさがリそうだから、それは言わないことにしておこう。
「…ま、元はといえば、俺が悪かったんだし…」
「え?」
首を傾げるレナに、俺は笑った。
「レナとも仲直りしたいんだけど…いいかな?」
穏やかにしているようでいて、実は内心、結構緊張はしていた。
今後の二人の関係が気まずいものになるか、そうでないか。それは今ここで決まる。
もし、ここでレナが嫌だと言えば――
「…え?」
レナはまた首を傾げて、不思議そうに俺を見た。
「私…バッツと喧嘩した覚えがないんだけど……」
――どうやら、俺の今日一日の心配は全て杞憂だったらしい……



それからすぐに、干してあったレナの荷物がまとめられた。
2人で町への帰り道を急ぎながら、俺はなんだか今日一日あった出来事をしみじみ考えてしまった。
色々あったけど、一日かけてわかった事はこれだ――俺の視点からだけじゃわからないことが多すぎる。
例えば今はレナが隣にいるわけだけど、レナが今の瞬間何を思ってるかなんて俺にはわからない。その『わからない』が世界人口と同じ数だけあって……ああ、なんか嫌になりそうだ。
でも待てよ?逆に言えば、俺自身、他の奴らから見れば立派に『わからない』ものの内に入るんだよな。俺が考えてる事はそのままの形では絶対伝わらない。何故なら、一人一人がいつでも違う目で、別々の思い出や経験が詰まった『記憶』を通して世界を見てるから。好きな色とか、苦手なモノなんかのちょっとしたことから、そいつの性格やら生き方まで、それらはみんな、それまでの経験を通して形作られたものなんだと思う。
それにしても、記憶ってなんだろう?
俺が思うに、それは一人の人間が一人の人間としてそこまで生きてきた証、そしてこれからも存在し続けるためのものなんじゃないだろうか?例えば、もしも記憶を失くしたって、記憶を失くしたそいつは死んだわけじゃない。ちゃんと生きてるんだ。それでも、そいつは必死で記憶を取り戻そうとするだろう。――どうして?
それは、単純に不安だからだ。自分の足場をしっかり固めて、初めて人は自分の存在を声高に主張できるようになる。なのに、自分が何を好み、嫌うのか。自分はどういう人間なのか、自分の居場所はどこなのか――そんな情報が一切無い状態で生きていくのは難しい。だから記憶を求め、思い出を大事に保管しておきたがるのだと思う。――もちろん、俺だってそうだ。
俺だって、過去は大事だ。楽しいことばかりじゃなかったし、嫌なことだって一杯あったけど、今までの経験が今の俺を作っているのは確かだから。自分の全部を気に入ってるわけじゃないけど、やっぱり俺は俺が大事なんだ。――そして、同じぐらい『今』を大事に思ってる。気楽だった俺に最近になって急にやって来た変化は、確かに結構しんどいものだ。なにせ世界がかかってるわけだし、責任重大には違いない――けど、実は結構楽しんでるのも事実だったりする。口は悪いけど、気はいい仲間ができた。うるさいにはうるさいし、一人でいる方が確かに気楽なこともあるけど、これはこれで悪くない。それに、なんというか…その、まだまだ何の進展もないけど…いつかは……うーん…まあ、とにかく、悪いことばかりじゃないんだ。
もし、今のこの状態が破れるようなことがあったら、どうするかって?そんなの決まってる。
大事な物は当然、守りたい。だからやっぱり、俺はきっと……
――なんて、慣れない物思いなんか続けたせいだろうか。
今日一日、魔物達との戦いは一度もなかったのに、妙に疲れた。
やっぱり俺は、難しいことを考えるのに向いてないみたいだ。
「…どうしたの?大丈夫?」
レナが心配そうに俺の方を見た。
「バッツ、なんだか…不幸そうな顔してるみたいだけど…」
「…いーや、平気。…ただ、ちょっと疲れただけ」
っていうか。『不幸そうな』顔ってなんだよ。
俺、別に不幸じゃないのに。
「…むしろ、幸せなぐらいなんだ…」
結局、明日からも俺達4人は今まで通りなのだから。
何も変わらず、今まで通り――これって、実は幸せなことなのかもしれない。普段は考えたこともなかったことだけれど。
まあ、確かに。変わりたい――というか、もう少し進展を見たい事項がないわけでもないんだけど……
「え?何?」
都合よく、レナには聞こえなかったらしい。
まぁ、変に意識するのもされるのも嫌だから、これはこれでいいんだろう。――今は。
俺は今日一日の中で一番、心安らかに笑った。
「…なんでもない」
枝の向こうの夕日が西の山脈の向こうに沈みだす。
夕暮れまで寝過ごすのは嫌いだけど、夕日を見るのはそんなに嫌いじゃない。
一日の最後の瞬間に、太陽は一番眩しい。――まるで、今日に未練を残さないようにしてるみたいに見える。
その、思い切りの良さが好きだ。
一点の曇りもない、夕暮れの空。


――明日もきっと、晴れるだろう。





あとがき:
えーと…久し振りに小説を書きました;;
かなり久し振りだったんで、日本語メチャクチャで読みにくくて、ここまで読んでくださった方に申し訳ないです…(←この時点で変)。
それ以前に、小説とか偉そうに読んでいいのか…ってレベルですね…。
そろそろいい加減、何か書いた文を人に見せないと、文章書きじゃなくなりそうな予感がして…『本当!?本当にこれ出すの!?』なんて一人で悩みまくった挙句、結局出してしまいました…
まぁ、一応、目的はリハビリだったんで。

手法は一番楽♪な一人称形を選択。(←それでも7日かかってたりして…−−;)しかもバッツの(というより、男性の)一人称は思ったより難しいですよね…毎回なめてかかって、その度に痛い目に遭ってる気がします(←でも懲りない)。ああ…もし私が男に生まれていたなら、男性の気持ちも分かって書きやすくなるだろうに…(病気)

目標容量としては15kbくらいの、あっさりさっぱり、もっと淡々としたショートを目指したのですが…結局、気付けば倍の30kb近くにまでなっていました(このHTMLページ自体なら40kb超してます)…私の悪い癖ですね、これ。なんだか意味も無くズルズル伸ばしてしまうという…これでも結構、エピソードは削りに削ったんですが。

テーマ?はズバリ、『仲間の素晴らしさ』です……って、はい。すみません。ごめんなさい。大嘘ですね(殴)。
…いや、最初はそのつもりだったんですけど…そんな素敵な仲間関係なぞ築いたこともない私には土台、無理な話でした(−−;)。
そうして、色々と中途半端なことに(死)。長さの割に、中身が薄いというか…まぁ、私が読み手だったら怒るかもしれませんね。派手なアクションも戦闘すらなく、胸躍る事件や伏線やときめくラブもなく(言ってて恥ずかしいんですけど…)、誰かの悲しい過去もなければギャグもなく、盛り上がりさえもあるんだか無いんだかわからないという…(←そんなもの置くなよ…)。
…まぁ…リハビリですから…(逃げ)。
反省点を次に生かせれば良いですね。では、また次があったらいいなぁ…と願いつつ…
―――アビリティ:『とんずら』!(爆死)。

蛇足。どうでもいいんですけど…いい加減につけたタイトルが、レポートの題名っぽいような…(ーー;)
ちなみに、最初に思いついたタイトルは『ある日の午後における彼の視点と心理の推移』…な、長すぎっ!!!


*)↑これら本文〜あとがきまでのことを一通り書き終えた翌日、推敲段階でまた色々付け足したのでほぼゼロだったバツレナ度はちょっぴり上昇…ついでにファイルの重さも上昇してしまいま死たv(なんだかもう…とにかく、全てにおいてごめんなさい…−−;)
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