:「夢に棲む人」


















「・・・・・大丈夫か?」

















戻ってきたのは視界。

仰向いた自分の遥か上方で、天蓋のような緑の木々がわずかに揺れている。
ときおり、光が葉の間にキラキラ輝いた。



戻ってきたのは音。

葉と葉がこすれて出す、さやさやという優しい音。
それに、誰かの囁くような優しい声。










ぼんやりと、ゆっくりと、それらを認識していく。
自分がここにいる理由、ここで仰向いている理由を思い出そうとする。

そのとき、不意に、視界が誰かの顔で遮られた。
はっきりしない頭で考える。

この人は、誰だったっけ・・・?

逆光で顔はよく見えない。
ただ、知っている人ではなさそうだ。





「・・・・・大丈夫か?」





青年が――相手は青年だった――囁くように尋ねた。





さっき聞こえた声は、この人だったんだ・・・





うなずいてから、初めて自分がこの見知らぬ青年に抱き起こされているのに気付いた。

突然頭がはっきり冴えた。
あわてて身体を起こそうとすると、彼は彼女がよろめきながら立ち上がるのを支えてくれた。





――こんな人、会ったことない。








相手は、旅人だった。
よく使い込まれていそうな剣を下げている。

自分は、彼に助けられたらしい。

「私は、レナです・・・あなたは?」

こちらがお礼をしつつ名乗ると、相手は親しげに笑って、自分の名前と、旅しているという事を教えてくれた。





今まで、こんな風に気さくな人間には会ったことがない。
こんなに自由で、明るい人間など、彼女のまわりにはいなかった。
そもそも、自分と同じくらいの年の若者自体、彼女はほとんど見たことがない。


話が尽きて、少し、間が空いた。


何とはなしに見つめ合っていたが、急に現実に帰る。


――そうだ、自分は急いでいるんだった。

「あの、ごめんなさい。お礼とかしたいんですけど私、急いでいるんです・・・」

このまま別れれば、多分もう会うことはないだろう。
彼は、広い世界を旅している。
やけに名残惜しいが、・・・・・仕方ない。



逢えただけでもよかった。
ここで逢ったのがあなたで良かった。



助けてもらったこと。
一緒に話したこと。



きっと・・・人生の中では一瞬の出会いなのだろうけども、私はきっと一生忘れない。





























その時、最初に戻ってきたのは視界だった。

仰向いた自分の遥か上方で、天蓋のような緑の木々がわずかに揺れている。
ときおり、光が葉の間にキラキラ輝いた。



その時、最初に戻ってきたのは音だった。

葉と葉がこすれて出す、さやさやという優しい音。





それに―――誰かの、囁くような優しい声。















――私は一生忘れない。
























―――バッツ・・・・・。















































苦しい夢から目覚めると、もっと苦しい現実が待っていた。


悪夢にぐっしょり汗で濡れた肌は、随分と痩せてしまった。
手を見ると、痩せすぎて骨ばっている。
背中まで伸びたそこだけ綺麗な髪が、痩せて顔色の悪い顔を却って惨めに見せていた。





―――惨めだった。





駄目になっていく自分の身体。もう一人で歩くこともままならない。
ぶかぶかになってしまった寝間着。
そして、――馬鹿みたいに晴れた空。





――あなたがいない世界。





何もかもが最悪だった。

甲斐甲斐しく朝から晩まで世話を焼いてくれる侍女達。額ずく騎士達。畏まって敬礼する衛兵達。世話係の乳母。大臣。

沢山の人たちがいる。生きている。


・・・なのに。





――相変わらず、ここにあなたはいない。




















何一つ、変化のない毎日。

悪夢の結末は、いつの夜も変わらない。
手を伸ばしても、声を限りに叫んでも――いつも変わらない。
あなたは、去ってゆく。闇の向こうに消えてゆく。



・・・もう、届かない。



それは、夢ではなく、動かし様のない現実。



その時のことを思い出すと、泣きたくなる。
夢と同じ光景。――あなたが、奪われていく。



でも、現実はもっとひどかった。


――本当は、手も差し伸べられなかった。
――本当は、名前も呼べなかった。


あの時、私はただただ、目の前で起こっていることが怖くて
――喪失の予感が恐ろしくて、目を見開いたまま立ち尽くしているだけだった。
他の仲間があなたを助けようとしたけど、駄目だった。



夢で手を伸ばすのは――あなたの名前を呼ぶのは、自分に対する後悔と、あなたに対する懺悔のせい?










そうして、あなたはいなくなった。


消えてしまった。










手元に残ったのは、あなたのマント。
あなたがいなくなる少し前に、なにを思ったか私に掛けてくれたマント。

――その鮮やかな赤さが、まるであなたの血のようだった。

























最初は、泣いた―――悲しかったから。
毎日毎日、泣いて泣いて泣いて泣いて――泣き通した。


でも、ある日・・・気付いてしまった。
――私にはもう何も残っていなかった。


泣くことで、悲しみはどこかに散っていってしまった。
かわりに、胸に宿ったのは虚無感。それに、無力感。


閉め切ったカーテンの隙間から覗く、青空がやけによそよそしい。


毎日あなたを想って泣いていたのに、記憶のあなたはかすんで見えた。
何よりも大事だったはずの笑顔が、・・・遠い。
頼りになるのは、覚めればおぼろになる夢だけ――それも、悪夢に出てくる、消え行くあなたの姿だけ。



毎日会うけど、毎日別れなくてはならない。



所詮は夢だとわかってる。
例え、夢であなたを助けられても、現実は変わらないということもわかってる。

変わらない現実。

――それでもいい。

それでも――悪夢でも、私は構わない。





あなたと毎晩会うために、私は未だに生きている。
あなたと毎晩別れるために、私は惨めに生きている。





私は、夢に棲む人。

夢のために生き、夢のために苦しみ、衰え―――そして死んでゆく。
それでもいい。冷徹な現実こそが、むしろ儚いうたかたの夢だと知ったから。


永遠なんてない。

あなたはいない。


現実なんていらない・・・眠りたい。

できることなら、横たわって目を閉じたまま、もう二度と目覚めたくない。

たとえ、それで見る夢が同じ事の繰り返しだとしても――
























































「どうしたもんかな、これを・・・・・」

玉座の上で、ファリス――本名サリサ――は溜息をついた。

目の前には山のように積まれた書状。
そのどれもが絹のように滑らかで上等な紙を用いた封書で、なにやら複雑な紋章が描かれた封ろうで閉じてある。
つまり、送り主は諸国王家や高位の貴族達なのである。
中には事務的な、つまらない書類の類も混じってはいるのだが――

「求婚、とか言ってもなぁ・・・」

――ほとんどが求婚状だったりするのだった。

王家のものは、一般に顔を知られていない。だから求婚のきっかけになるのは人々の噂や評判などである。
そして、タイクーン王家に美人姉妹がいるというのはもう有名な話なのだった。

「サリサ様、これを機に身をお固めになるのもよいのではないでしょうか?」

世話役の老女――実際はここ、タイクーンの影の実力者とも言われて恐れられている――ジェニカが、口を挟んでくる。

「いや・・・これは俺・・・じゃなくて」

ジェニカがジロリとにらんだので、慌てて言い直す。

「――私宛ではないから」

「よろしい。女王たる者、いつでも上品に・・・・・え?どういうことです?」

ジェニカは目をしばたたいた。

「さっきは確かに、サリサ様宛のものもあったように思いましたが?」

「・・・あー、あれはさっき俺宛のを分類してから調理場の火にこっそりくべてきた。」

「・・・・・・・・・・・・・・・!!!?」

驚きのあまり顔面蒼白になり、口をパクパクしている影の実力者をファリスは楽しそうに眺めた。
ジェニカは、主の一人称を正す余裕も失ってしまっている。

「う、・・・嘘でございましょう?」

「嘘ついてどーするんだ。いやー、それにしてもよく燃えてたなーかなり爽快だったなー。」

「ああ!タイクーン王家が他国に対して長年培ってきた由緒正しき絶大なる信頼が・・・!!」

何か長いセリフを息もつかずに叫びつつ、どこかに走り去っていってしまった。


これでいい。

ファリスはニヤリと笑った。

自分は国王だ。父の志を継いだ。
それを決意したのは、自分なのだ。

だから、この国を治めるのは自分でなくてはならない、とファリスは思う。

男と結婚したら、まだ女帝を戴いたことのないこの国では、間違いなく実権が相手に移ってしまうだろう。

だから、自分の家臣と結婚するわけにはいかない。
他国の王侯貴族などはもっての他だ。



――実は、それ以前に結婚に対する興味がなかったりもする。



「まあ、それはそれとして、だ。」

一人つぶやく。
問題は、自分の事ではない。

目の前に山と積まれた書状。
そのほとんどが、タイクーン女王の妹姫レナへの求婚状なのだ。

本人には見せていない。
彼女に、そんな余裕がないのは姉である自分が一番良く知っている。
それに、彼女が見ず知らずの相手と結婚するなんてことはないであろうことも。

先程のジェニカや大臣などは、早く結婚して欲しいと思っているようだ。
だから、こういう求婚状は正直うっとおしいだけだ。

なのに、これが何週間かに一度の割合で届く。

レナは今、病で臥せっているから・・・と言っても送り主達は聞かない。
今度はたちまち、見舞いを兼ねた求婚状が届けられるようになった。


「・・・何にも分かってない奴らめ」


ファリスは、だるそうに一通の封筒を指で弾いた。
どう言おうと、誰にもわからないだろう、彼女――妹や、自分の苦しみなど。



「どうして、こんなことになっちゃったんだろうな・・・」



どう考えても、原因はアイツとしか考えられない。

バッツ。あの放浪ものめ。

お前がいなくなったりするから、レナが沈んでしまった。
お前が帰ってこないから、レナの身体が、心が――壊れていく。

もう、レナはほとんど何も食べようとはしない。
だからあんなに痩せてしまった。
死んだような目をして、それでも、他人を心配させまいとしてか、いつも口元だけで笑っている。

――死にたがっているのかもしれない。時々、そう思うことがある。

かわいい妹のためならなんでもしてやりたいが、その願いだけは叶えてやる訳にはいかなかった。

かわりに、ファリスはあらゆる手でバッツを探してやった。
まだ死んだと決まったわけではない。あの時、どこか自分達とは違う地点に飛ばされたのかもしれない。
そう思って、海賊団の子分達に南洋諸島をまわらせた。
諸王国に、未だ帰還しない光の戦士の行方を尋ねる使者を出した。
クルルも、飛竜で世界中を飛び回っている。

――だが、彼の行方はようとして知れなかった。

今では、ほとんどの人があきらめを隠さない。



「まったく・・・殺しても死にそうになかったのにな・・・」


ファリスは、思わず天を仰いで嘆息した。


それからしばらくして玉座から立ち上がり、塔への階段を昇りだした。




















塔の上のその部屋は、まるで霞のように影を漂わせていた。

そっと、遠慮がちにドアを叩いたが返事がない。
寝ているのかもしれないが――

「レナ、入るぞ・・・」

一応声をかけて部屋に入ると、レナは案の定寝台の上にいた。
膝を抱え、呆然と寝具に目を落としている。
表情は――部屋が閉め切られていて薄暗いのと彼女の長く伸びた髪が横顔を覆っているのとでよくわからない。

ひょっとすると――こちらに気付いてすらいないのかもしれない。

「レナ」

呼びかけると、びくっと肩を震わせて振り向いた――その顔は、口元だけに笑みをたたえていた。

「・・・姉さん・・・」
「調子は・・・どうだ?」
「だいじょうぶ・・・」

どう見てもそうは見えない。
見ていて痛々しいほど痩せてしまった腕。痩せてしまった胸。
肉がおちてとがってしまった肩からは、身体に合わなくなってしまった寝間着が今にもずり落ちそうだ。
少し力を込めて掴んだら、彼女の身体など簡単に折れてしまうだろう。

――それに、虚無を映しこんだような目。
こちらを見てはいても、おそらく何も映してはいないだろう。

口元だけに、わずかに浮かぶ笑みが哀しく胸を突く。

「・・・そんなに、無理するなよ」
「・・・無理じゃない・・・だいじょうぶだから・・・」

かすれた笑い声が、暗い室内に響いた。

「・・・あのね、今日も、やっぱり駄目だったの。――助けられなかった。」

「・・・そうか。それは・・・残念だったな。」

辛い気持ちで声を絞り出す。
本当に、レナは自分のことなど見てはいない。

「でも、いいの。また今夜があるわ。・・・そうでしょう・・・?」

「・・・ああ。そうだな。」


――そうやって、いつまでも繰り返すのか?

そう聞きたい衝動をなんとか抑える。
彼女に「今」はないのだ。あるのは過去だけ。
ずっと同じ時間を彷徨っている。
無に、暗闇に――心を置いてきてしまったのかもしれない。

無に吸い込まれたのは、バッツだけじゃない。

――妹を・・・レナを返してくれ

そう叫びたい。
もう、こんなに痛々しい思いをするのは嫌なんだ・・・――









トサ、という軽い音に我に返る。

「・・・・・レナ?」

言いながら、蒼ざめる――レナは、倒れてぐったりと目を閉じていた。
呼吸が荒い。

「お、おい!レナ!しっかりしろよ!!」

痩せた身体を抱き起こす。熱がある。
動かされたからか、レナはうっすらと目を開いた。

「・・・レナ!大丈夫か!?」

レナは、しばらくぼんやりとファリスの顔を見ていたが、やがてぽつりと言った。

「・・・・・森・・・」

「え?」

聞き返しても答えはない。
ただ、その目にみるみる涙が溜まっていく。
そして、気付いた。彼女は、ここではないどこかを見ている――


「・・・・・会いたかった・・・」

「何を・・・言って・・・」

「会いたかったの・・・ずっと・・・ずっと・・・・・・・・・・待ってた」

喘ぎながら話す声が、どんどん細くなっていった。

「好き、だった・・・・・・あなたが・・・」


―――バッツ。


レナの唇が、確かにそう動くのを見てファリスは――悟った。


――やっぱり、俺では救えない・・・か。





まだ何かつぶやいている妹を抱え上げ、窓際まで連れて行く。
閉めきられたカーテンをさっと開け、光を取り入れると、レナは不意に正気に返ったようだった。

「・・・姉・・・さん?私・・・?」

答えず、黙って外を見る。

自分に救えないのなら、――悔しいが仕方がない。
――こうするしかないだろう。

「・・・自分で、探してみろ――外に出て。」

「・・・・・え?」

何がなんだかわからない様子で、レナが聞き返した。
それはそうだろう。――実際、自分でも何がしたいのかよく分からない。

「納得がいかないのなら、自分で確かめてこい。」

「・・・・・姉、さん・・・?」

窓を開けると、風が吹き込んできて二人の髪を揺らした。

「見ろよ。・・・・・世界は、こんなに広いんだ。」

レナが言われた通りに目を外に向けると、広い平原が目に入った。
陽光を浴びて、あちこちに点々と輝いて見えるのは、池だろうか。
森も、山も、明るい陽射しを受けて輝いている。


――外を見たのは随分久しぶりだった。


姉は、あやすように優しく続けた。

「ここから見えるだけが全てじゃない――見えていないところにも町や村があるし、大勢の人が生活してる・・・。
 人だけじゃない。草とか木だって、獣とか、魔物だって――生きてるんだ、今この瞬間にも。
 ・・・あいつ――バッツだって、きっとどこかで。」


生きてる――この瞬間にも・・・?


この瞬間・・・・・



不意に、レナの頭の中に、人々が行き交う街のイメージが現れた。

ある人は店の中に入って行く。
ある人は誰かと話している。
誰かは家の中で料理をしていたり、本を読んでいたり・・・

誰かを好きだったり、嫌いだったり。
喧嘩してたり、泣いていたり。

悩んでいたり、笑っていたり――












空想は更に飛んだ。











あの池の中では、魚が泳いでいるに違いない。

山のもっと向こうの方・・・海辺では、塩辛い風が吹いているだろう。

どこかでは雨が降っているかもしれない。



どこまでも繋がった空。大地。
森は林につらなり、草原の中に村や町があり、城が建ち――そして、塔の上にちっぽけな自分がいる。

明るい陽射しの中で、泣きそうな顔をして立っている。
高い塔の上から、世界のどこかに忘れてきてしまった大切なものを探そうとしているようだった。





――外に出てみればいいのに。そんな狭い塔からじゃ、何も見えないのに。





レナの心の声が届いたかのように、少女はおそるおそる、それでも思い切って外に出てみた。
陽射しに一瞬目を覆い、それからゆっくり歩き出し・・・どんどん速くなって――



――気が付いたら走っていた。










――あ、私・・・まだ走れたの?

軽い驚き。

腕も、足も、昔のように健康でしなやかなものに戻っている。
息も切れない。どこまでだって行ける。

何故だろう?走ることがたまらなく楽しい。
ずっと忘れていた、この感覚。

城を出た。町を抜けた。道を辿り、村を通り抜けると草原に出た。
地平線に向かって、まだ止まらずに進み続ける。
木がまばらに生える林を抜け、小川を飛び越えて――

遥か遠くに森を見て、ふと足を止めた。
何故か、頭の中に葉が鳴るような音が響いた。

ひどく懐かしい気がする。・・・行ってみようか?

考えていると、何かが視界に入った。
遥か遠くで、動いている自分以外のもの。

――なんだろう?

じっと目を凝らすと、遥か遠くのはずのそれが、何故か段々目の前に広がってくるようにして見えるようになった。

それは、人の後姿だった。
迷いもなく森に向かっていく。

どきりとした。



――まさか・・・まさか・・・?



その髪は茶色で、夕陽をはじいて赤く輝いていた。
剣を下げている。



――まさか・・・・・



唐突に、相手は歩みを止めた。
ゆっくりと振り返り、笑って手を差し伸べる、その顔は――。






























「バッツ・・・・・」

涙が頬を伝う。久しぶりに流した、もう枯れたんだとばかり思っていた涙。
ファリスは見た。
久しぶりに妹が見せた、本当の笑顔。
窓の外、地平線の辺りを眺め、涙を流しながらも笑っている――晴れ晴れとした表情で。
その顔は相変わらずやつれてはいるものの、いくらか頬に赤みが差してきたようだった。

「姉さん。」

見上げてきた目には、光が戻っていた。

「私――バッツを探します。」

「ああ」

力強く、うなずいてやる。


――もう大丈夫だ。ファリスはそう確信した。


「――行ってこい。ただし、元のように健康になるまでは、駄目だからな。」

「はい」

レナは、明るく頷いた。



――もう、私は大丈夫。もう、夢の中だけで生きる必要は――夢の住人である必要はない。
  
  ・・・きっと、どこかにいるから。私が、見つけてみせるから―――

――だから、もう少しだけ待っていて。私、頑張ってあなたの知っていた頃の私に近づくようにするから。
  ちゃんと物も食べるようにする。外にも出るわ。もう、自分をいたぶったりはしない。
  帰ることのできない過去に、自分を閉じ込めたりもしないから。



―――だから・・・・・





























「会いたい・・・」







































レナがすっかり健康になった頃には、秋が近づいていた。

身体も、顔も、腕も足も、元の通りに戻った。
伸びた髪は、うっとおしいので切ってしまった。

「――行くのか?」

「はい」

「そうか・・・」

ファリスは、結局城門まで見送ってくれた。
大臣やジェニカは彼女が旅立つのに最後まで泣きながら猛反対したが、結局は折れざるを得なかった。
彼らの見送りの申し出も、うるさいからとファリスが断った。

「気をつけろよ?知らない奴に付いて行ったりしたら駄目だからな、何をされるか・・・それに、まだ魔物も出ないわけじゃないし」

レナは、思わず笑った。

「姉さん、心配しすぎよ。・・・私だって少しは大人になったんだから」

「そうか・・・?でもお前は年の割にぼんやりしてるっていうか、騙されやすいから」

ファリスはぶつぶつとつぶやいた。
本当は、自分だって妹が心配だ。でも彼女が望むことはなるべく叶えてやると自分で決めた。
仕方なく文句をやめて、そこに立っているチョコボの背をなでた。

「レナを、頼んだぞ・・・ボコ」

「クエッ」

「よろしくね、ボコ。・・・ごめんね、また奥さんと離れ離れで」

「クエエッ」

気にするな、任せろ、とでも言うようにチョコボは羽ばたいてみせた。

「――それじゃあ、行ってきます」

なんとなくしんみりと言うと、ファリスは慌てて抱えていた包みを解きだした。

「ちょっと待った!――忘れてた。これを、持ってけ」

「・・・これは・・・・・?」

肩に巻かれたのは、布だった。
赤い布。誰かの、古いマント――

(バッツの、マント・・・・・)

「倉庫に仕舞ってあったんだ。昨日慌てて引っ張り出してきたんだけど洗濯が不十分で・・・おわっ!?」

急に抱きつかれて、たじろぐファリス。

「れ・・・レナ??」

「姉さん、ありがとう・・・・・私、姉さんがいなかったら今頃もう駄目になってたかもしれない」

「レナ・・・。」

「本当に、ありがとう・・・姉さんが、私の姉さんで本当に良かった・・・」

「・・・どういたしまして。」

短く言って――あんまり長く話すと自分が泣き出してしまいそうだった――ぎゅっと抱き返す。

「本当に、気をつけろよ。そんで、ちゃんとあいつを見つけて――帰ってこいよ?いつまでかかったって、俺は待ってるからな」

「うん・・・」


姉妹の別れを見守っていたのは、一匹のチョコボだけだった。

しばらく抱き合った後、ようやくレナはボコの背に乗った。

「クエェッ!」

「行ってきます!姉さん!」

「ああ、行ってこい!」


――今は、互いにさようならだけど・・・
でも、生きていればきっとまた会える、よな?


ファリスは、小さくなっていくチョコボの姿を、いつまでも見送っていた。

――その瞳は、わずかに濡れていた。

































まずは、どこへ行こうか。

町?草原?それとも・・・


どこにだっていそうだし、どこも違うような気がする。
どこへ行けば会える?
どうすれば会える?







・・・・・森はどうだろう?



最初に会ったのは、森の中だった。
あの森は、二つの世界が一つになった時になくなってしまったけど。



――空想で見た森。



あそこにバッツはいるような気がしてならない。
あそこにいけば、逢える?

あれは、どこだったんだろう・・・どこかで見たような森だったけど・・・あれは・・・・・


「・・・ボコ」

「クエエッ!」

「・・・ムーアの森に行きましょう。そこで、逢える気がするの・・・」

「クエッ!」

チョコボは、軽快に走り出した。
方向は東。

確信なんてない。ただの予感だけど―――逢える気がする。

――いや、きっと逢える。信じてる―――





――だから、そこにいてね?あなたと別れるためではなく・・・出会うためだけに、私は生きるから。


































































その時、最初に戻ってきたのは視界だった。

仰向いた自分の遥か上方で、天蓋のような緑の木々がわずかに揺れている。
ときおり、光が葉の間にキラキラ輝いた。


その時、最初に戻ってきたのは音だった。

葉と葉がこすれて出す、さやさやという優しい音。


それに―――誰かの、囁くような優しい声。





――――あなたの声。




































――私は一生忘れない。























<あとがき>


・・・この上もなくわかりにくくなってしまいましたね・・・(汗)ここまで読んでくださった人、ありがとうございました。・・・そしてごめんなさい。

それにしても、内容が・・・(汗)なんなんでしょう、この思い込みの激しさは・・・エンディング全然こんな話じゃなかったよ・・・もっと爽やかで軽かったよ・・・。なんで私がいじると話は重くなるし、キャラも皆変になってしまうんでしょうか?バッツの方は空想(妄想?)癖な話だったけどこっちはレナが壊れちゃった(しかも幻覚見てる)話・・・。しかも最初はもっと複雑難解で人ももっと沢山出てきてほぼオールキャラだったのに、「これじゃあいくらなんでも長すぎる!」ということで4分の一程に削ったため、登場人物が少ないわ話は浅いわで最悪なことに。(しかも残ったのは結局ファリスの所だけだったのでまるでシ○コンぶりを強調しているような事態に・・・)・・・おかしいなー・・・こんなはずじゃあ・・・(汗)。

本当はこの後、エンディング話二話分の完結編もつける予定だったのですが案の定間に合いませんでした(死)。まあ完結編は・・・無きゃ無いでいいかなーなんて思ってみたり・・・(笑)。

 

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