4.冬の始まり



ぴぃよっ――
と軽快な声で鳴きながら天を横切った鳥は、何故だか青かったような気がする。
青い鳥など今まで見たことがない。彼にしてみれば、見えないものは、いないものなのだが。
けれどいるのだろうか。もしかすると――この世界には、本当に?
目を眇めてみても、どうにもハッキリしない。鳥は行ってしまった。
この地上から天まではあまりに遠い。だから、一瞬見えた小さな鳥の羽の色など、おそらく直感に過ぎないものではある。
しかし、確かに青が見えたのだ。

それを正直に話すと、一緒に車座になっていた仲間たちは笑った。
何やら口を開けて天を眺めていると思ったら、小鳥に惑っていたのか――
ここの鳥が青かろうと不思議がることなどではあるまいに――
いやいや真に青いのはお前の心根よ――
考えても見よ、向こうから見れば、本当に異質なのは我ら――
我ら。たった四人の。

寂しく思うよりも正直にむくれて、膝を握った彼は無言になる。それが青いのよと囃す声にますます眉間に影を作る。

彼らは忘れたのだろうか。

彼の故郷では、青い鳥は見た者に死を運ぶと言われていた。不吉極まりない伝承だが、それは実際に青い鳥などいないからこそ長い年月を生き残ったのだと思っていた。奇談怪談の類は人の生活の中で真否を実証できないものほど襤褸が出にくい、つまり親が安心して子に語ることができるのだと、そう思っていたのに。今見えたのは、見てしまったのは。
確かに、確かに、青い色をしていた。それはいかにも、鳥の形に良く似ていた。

やはりここは異国なのか。

この広い世界にたった四人、降り立った異邦人たち。探索は、予想以上に長引き彼らを梃子摺らせた。結果、いつの間にかこの地独自の文化を見、己の故郷との相違やその逆も知ることになる。その間には当然、人にも会った。ごく少数だが知己を得、それよりは多くの他人とすれ違っていった。そして、すれ違うことさえない、それよりずっとずっと多くの人々が今この瞬間もこの地のどこかで生きていることを、彼はもう知っている。もう随分長いことこの地を彷徨ったような気がする。ずっと四人で、四人だけで――けれど、それももうすぐ終わる。焦がれた戦の日は、決着の時は、もう目の前なのだ。それが終われば。
その局面さえ生き残れば、やっとこの異国とも――

いや。違う。

故郷からは恐ろしく遠いが、ここはもうただの異国ではない。

今度はむくれるよりも寂しくなって、彼はますます無言を募らせる。既に彼と関係なく盛り上がる笑い声に距離を感じながら。

彼らは気付かないのだろうか。

ついこの間立ち寄った村では、青い鳥は武運を運ぶのだと教えられた。常識が引っくり返る鮮やかさに我ながら思い出しても恥ずかしくなるほど感動してしまった後で、教えてくれた相手が村娘とはいえ聡い少女だと思い出し、或いは彼の身の上を読んでの作り話だったのかとも思ったのだが。同村の他の者に聞いても似たようなことを言ったから、本当に彼の故郷とは逆らしかった。
面白い。
あまり面白いので仲間たちにも教えてみたが、こちらの反応は今一つだったことを覚えている。つい先程の彼らの態度から見るに、その時の記憶すら残っていないのではないか。彼らにとってこの地は過ぎ去るだけのものであって、興味など深くは持たないのだろう。何故なら彼らは自分の家を知っている。帰るべき場所がきちんとあるのだ。それを思う時、彼は浅い溝のようなものを彼らとの間に感じてしまう。彼らは本当に気のいい仲間だ。師のように兄のように時には父のように、年少の彼を――悪巫山戯が過ぎることも多々あるにせよ――見守り、導いてくれる。だから、彼らと共に帰る世界ならば、これは、あるのだ。彼らの友という座も用意されるだろう。その有難いことは重々知っている。彼らに与えられた恩を彼らに完璧に返しきることなど、死ぬまで出来ないだろう。少なくともいまの自分は不幸ではない。

けれど、自分には。

「家」が。


――どうぞ、御武運を


引き寄せた柄は冷たく、鞘は重い。これは、運命を切り抜けるための重さ。これから待ち受けている仕事ほど困難なものもないはずなのに、何故だかしくじる気はしなかった。間違いなく、彼らが――仲間たちがいてくれるからだろう。
だからそこはそれだけあれば十分で、そのあとに必要なのは意志ひとつだけだ。
……彼らは止めるだろうか? それとも、仕方ないなと背を押してくれるだろうか?
自分は、あの日教えてもらった伝承が好きなのだ。


この地で、「家」を探す浮浪児となる――


もちろん、何度も何度も考えてみた。どう見ても酔狂だろう、己を戒めなければと自分に言い聞かせる努力もした。けれど一度閃いてしまった思いつきは、そうそう簡単に消えはしない。
もしも独りになったら。彼らから離れたら。彼らがいなくなったら――
寂しくなるだろう、心細くなるだろう。勿論そうは思うけれど。
どうしても曲げられそうもない。曲がらない。
生来の頑固さは、自分自身にも向かうものらしい。思い込んだら一直線に斬り込んで、その癖ほんとうは他の誰よりも臆病で。いつ言い出そう、いつ言ってみようとタイミングを計るばかりで、実は未だに誰にもこの決意を表明していない。

そろそろ火を入れようか、という声で我に返ると、確かに辺りは日暮れて薄寒い。
いそいそと輪に戻り、それとなく空けられた場所に座り込む。火は手練の仲間が魔法で簡単に点してくれた。冷えた肌に、炎の気配が染みて行く。
温かい飲み物が回され、パンと干肉が配られる。ぱちりと薪のはぜる音がした。不思議と静かな夕食は、けれど少しも不快ではない。あっという間に食べ終えて服のパン屑を払う彼は、ふと視線を感じて顔を上げた。暗い空が見える。この火を消すまでは星も見えない、暗い空が――。

「また…小鳥ちゃんか?」

彼が慌てて顔を戻すと、火の向こうから仲間の一人がじっとこちらを見ていた。面白がっているのか、哀れんでいるのか、それとも案外何も考えていないのか。イマイチ判然としないいつもの淡い微笑をその端正な顔に浮かべている。

「困ったものだな、君にも。いつもぼんやり遠くばかり見て、一体どこへ行きたいのかな。何がそんなに君を誘うのだ?」

「何にも誘われてない」

ごく真面目に答え、そしてふと気を緩ませてぼんやりと火を眺める。
火口で、或いは魔法の力で点される火。火はどこから現れるのだろう。この強い、熱と力を持った光は、どうして生まれるのだろう。

「…ほぅら、またぼんやりして」

我に返って頭を振る彼の姿に仲間たちは軽く笑い、すぐに静かになった。
辺りを包み始めた暗闇のどこかで、枯葉がこそりと音を立てる。
冷たい風が吹き抜け、炎を大きく揺らしていった。

「……いよいよだな」

一人がいい、周囲が頷く。

「明日か、明後日だ。それで全てが終わる」

「……違う」

強く呟いた彼に視線が集まる。彼は炎を見つめたまま――

「…終わる、じゃない。『終わらせる』、だ」

――どうぞ、御武運を

記憶に響く、涼やかな声。
それが微かな望み。

「…言うじゃないか、こいつ」

「いつの間にやら立派になってきおって」

「いや、まだまだよ。まだまだ当分、坊やは俺たちが面倒見てやらないと…なぁ?」

あたたかな笑い声。
それは大切な思い出。

そして、未来――それを選ぶのは、自分。
ならば避けられない。かわせないのだ。
どうしても。

「…そう心配するな、ドルガン」

かけられる声は、どこまでも暖かく――

「この世界では、青い鳥は幸運の使者だとステラも言っていたのだろう。お前はもう忘れたかもしれんが」

「心配せんでも、俺らの誰一人とて死にはせんよ。殺しても死なんような連中だと、いつもお前も言ってくれてるじゃないか」

「それより、向こうに戻った時の事でも考えておけ。なんなら私の権力で嫁の斡旋でもしてやろうか? サーゲイト娘で構わなければ、の話だが…」

ちらり、と顔を上げる。
彼らは相変わらずからかうような顔の奥に、もっと深い色を一様に湛えて――
――彼らは、気付きかけて、いる……?
ああ、と呻くように絞り出した声は、返事であり溜息であり。

きっと彼らを越えることはできない。永遠に。
なのに何も揺らがないのは、だから、もう、どうしようもないことなのだ。
説明はできない。本当に、申し訳ない、
けれど、

別れは、近い――

ぱちりと焚き火がはぜる。
彼は俯いたまま、剣の鞘を掴んだ。胸元に引き寄せる。冷たさ、重さを拳に握り込んだ。
ふと彼を包むあたたかい全てのものが遠のいて、冷たい空気の中に取り残されたような錯覚を覚える。
彼は頭上を見上げた。暗い空に、鳥の姿は見当たらない――

ああ、と零した溜息は、白いもやになって夜気に流れた。


冬はもう、そこまで来ている。



△BACK△
ドルガンは最初から帰らないことに決めてたんだったりしてーという話。(ていうかFF5かなぁコレ…)
エクスデス戦より前に一度ステラに会っているという脳内設定。バッツが生まれるまであと10年ありますけどね…



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