1.御伽噺



たまたま、偶然、ふと図らずも魔物退治。
その結果が救出、お姫様。
ああ、こりゃ心配だ、が、ああ放っとけないし、に代わり。
いつの間にか、そこにいろよ、にすり替わり。
いつかは、いさせてください、の騎士気取り。
まさか、それが今は――の大回転が、大逆転。
ああ。

なんて、すごい、おとぎばなし。



「なーに、考えてるんだ?」

窓辺でぼんやりしているものだから、てっきり眠いのかと思ったのだ。
眠くなるのは大体が退屈な時で、声でも出せば目も覚めるんじゃないか。声をかけたのはそんな理由からで、だから「うん、ちょっと」などと言う曖昧な前置きの後に、

「もしも、あの時助けてくれたのが他の人だったら、今頃わたしどうしてたんだろう…」

意外に鋭い言葉に、逆に胸をぐっさりやられてしまったりもしたわけで。
考えてもみなかった。
あの日の出会いという偶然は、見つけた方よりも見つけられた方にこそ、選べなかったいくつもの「もしも」が存在しているという点で重い奇跡なのかもしれず。そんな難しいことより、純粋に、自分抜きの世界を思い描かれたということが衝撃的なのだということは置いておいても。

「…それは、今の状態に何かご不満があるということですか、お姫様」

意外にも今度ぐっさりやられたのは向こうのようで。
「えっ?」と振り向いた顔はもう全然眠そうでも何でもなくて。

「あ、ごめんなさい、そういうつもりでは全然なくて、…ああ、だから、」

憂い顔でまくしたてるそれは、多分に切れそうな糸を必死に繋ぎ止めようとする姿にも見えたものだから、途端にさっきの痛みも何もどうでも良くなってしまって、どこかへ行ってしまうに任せると。
そもそもどっちが何を言い出したんだったか。
「怒ってないよ大丈夫」と慰める側に立つのは栄誉なのかどうだか。
ともかく中途に浮かんだ手を、ははぁ、っと姫を慕う騎士のようにちょっと押し戴いて。
それから、本物の騎士ほど純粋ではないかもしれないキスを甲に落として、

「本当に、会っちゃったのが俺で申し訳ないんだけど」

申し訳なさなんてちらとも見せない顔を上げて、

「これからも、多分ここにいるのは俺だから」

見合った瞳が笑い合えば、姫とその騎士気取りの関係は修復。


大回転が、大逆転。

なんて、すごい、おとぎばなし。



△BACK△
ビバ・おとぎばなしカップル!(?)いや、御伽噺なのは私の頭かも…


























2.呼ぶ声



寒い――
始めに浮かんだのはそれだった。何故かあちこち身体が痛い。それに、重い。
ああ、と息を吐く。暖炉の火は、どこに行ったのだろう?
確かに点けておいたはずなのに、ぬくもりはおろか微かな明かりさえ見えない。
真っ暗な中、聞こえるのは――風音だ。微かに微かに夜の森を抜け、窓に吹きかかる。それに。

「あーん、うあーん――」

どこか近くから、声。

行かなくては。

強張った手を動かすと、ざらついた木肌が指先に触れた。そのままそろそろと指を動かし――
そこで、ふと気付いた。これは床だ。我が家の床。

私は――どうしたの?

ゆっくりと、閉じていた目を――何も見えなかったのも当然だ――開ける。
床が目の前にあった。窓の格子型に月光が影を落としている。
夜だ。
ぼんやりとそれを見つめ、記憶の奥を探る。
ステラ――自分の名前。
ここは――自分の家。正確には、あの人と私と、それにあの子の…――

「うああーん」

「ああ、はいはい、今行くから…」

ふらふらと立ち上がり、立ちくらみを堪えて壁際に設えられた赤ん坊用ベッドまで歩いていく。
ベッドの四方を囲んだ柵を掴むと、ステラは中を覗き込んだ。微笑む。

「うあああーん」

小さな顔を可能な限り醜く歪めて泣き喚いている、誰より愛しい、かわいい我が子。
私の子。

「バッツ」

「うああん、ああーん」

呼びかけても泣き声が止まない。自分の声で聞こえていないのか、それとも。

「どうしたの? 怖い夢でも見たの? それとも、お腹が空いた?」

まだ薄い髪に触れると、ぐっしょりと汗ばんでいる。目は閉じたままのようだった。

「……寝惚けてる」

くすりと笑って、ステラは両腕を伸ばした。抱き上げると赤ん坊は涙の溜まった瞼を閉じたまま、それでもびっくりしたようにその泣き声を止めた。そのまましゃくり上げながらも、しがみつくでもなく、ぴったりと母親の胸に寄り添う。備えてあった布で顔や首の汗を拭いてやると、さすがに少し落ち着いたようだった。小さくてふわふわ柔らかいくせに、ステラ自身などよりずっとあたたかいその身体を抱いて小さく揺らしながら、ステラは呟いた。

「……暖炉の火が消えてる」

確かに、火は入れておいたのだ。
特に最近はよく冷えるから、日暮れ前の少し早い時間から火を入れてしまって、それから自分の夕飯を作るため炊事場に向かおうと部屋を横切って、そして――…ああ、そうだ。そこで……。

――発作が起きたんだ。

「ねぇバッツ、お母さん、どれだけ気絶してた?」

さっきまであれほど泣いていた赤ん坊はもう知らんふりをして、幸せそうに指をしゃぶっている。
まったくもう、と笑って、小さな額にそっとキス。

「ありがとう。お母さんを呼び戻してくれて」

赤ん坊は相変わらず素っ気無い様子で、再び眠りに入りかかっている。
ステラはバッツをそっとベッドに戻すと、めくれていた毛布をきちんと胸元まで引き上げてやった。
しゃがみこんで、柵の間から顔を覗き込む。
どんなに泣いていても、なかなか言うことを聞いてくれなくても――

「大丈夫よ。まだまだ、お母さんは一緒にいるからね…」

――世界で一番あなたが可愛い。
握りしめられた小さな手をこっそりつつくと、彼は一人前にも眉の動きで不快さを表明し、何かステラの分からない言語で寝言を呟いたようだった。




あーん、あーん――

冷たいこともわからなくなるほど冷たい闇の中で、彼女はぼうっとした顔を上向けた。
遠く遠く、切ないほど遠くから、何かが聞こえる。

あーん、あーん――

彼女は瞬いた。ああ、呼んでいる。私を。
どうしてそう思ったのかはわからない。けれど、呼ばれている――
行かなくては。
彼女は頭を上げた。声のする方向へ、合図のように両手を広げると、ふわりと浮かび上がる。
一見粘りつくような闇は、抵抗なく足元を離れた。そのまま浮かんでいくと、上方がほのかに薄明るい。得体の知れない闇の切れ目に飛び込むのは少し心配だったけれど、そちらに手をかざせばじんわりあたたかくて、それに、

あーん、あーん――

声はそちらから聞こえる。それならば、間違いなく大丈夫だ。行けばいい。
まっすぐ、行けばいい。
微笑んで、ためらうことなく飛び込んで、途端に、切って落としたように何もわからなくなった。
そうして、戻ってきた感覚は、痛い。固い。寒い――暗い。
それでも。

あーん、あーん――…

己を呼ぶ声だけは、片時も離さずに。



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ステラ母さんブーム、脳内では絶賛・ひとり祭り中。
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