:カインの末裔







ああ・・・雨が降ってきたみたい。
真っ暗な窓の外でびちゃびちゃ言ってる。


空が、泣いてるみたいだね、っておかあさんはいつも言うけど・・・泣いてるのは空じゃない。
泣いてるのはおかあさんだ・・・。


ぼく、知ってるんだよ。涙なんか流さないけど、でも泣いてるんだよね。
オルゴールの音がおかあさんの泣き声なんだよね。明るいけど、寂しい曲。
そう、おかあさんは・・・さみしいんだよね?


・・・おかあさん、また泣いてるのかな。


慰めてあげたいけど、おかあさんは怒るんだろうな。
「まだ起きていたの?早く寝なさい!」って。・・・それに。


わかってるんだ。ぼくじゃ、ダメなんだよね?
おとうさんでないとダメなんだよね?
・・・おとうさん、また黙って出て行ったりして、当分帰ってこないのかな。


いつものことだけど。


もしも、ぼくがおとうさんと一緒に出て行ったら、ぼくのことも泣いてくれるのかな。
そうしたら、ぼくでも慰めてあげられるのかな。
今度、一度、頼んでみようか?「おとうさん、ぼくも連れてって」・・・
でも、おかあさんがもっと悲しくなったら嫌だから、やっぱりやめようかな。


ねぇ、おかあさん・・・おかあさんが泣いてるとぼくまで泣きたくなってくるよ。
泣かないでよ。ぼくがいるから・・・ぼくは、ここにいるから・・・


ねぇ、おとうさん。

おかあさんはいつも泣いてるよ。おとうさんがあげたっていうオルゴールを聞いて、いつも泣いてるよ。
ぼくじゃダメなんだよ。早く帰ってきてよ。


ぼく達がキライなの?
どうして帰ってこないの?


早く帰ってきて。


今日も、おかあさんが泣いてるよ・・・・・














ふと、夜中に目が覚めた。
今夜は月が明るい。宿の天井の木目までがくっきりと見える。
そんなものを眺めるともなく眺めながら、バッツはぼんやり考えた。


(・・・・・泣いてた・・・?)


さて、こんな場合はどうするべきか。考える。
部屋には、寝台が4つ。彼の仲間の寝息が2つ。


がーがー鼾をかいているのがガラフ。


(―――うるせえよ。・・・いつものことだけど)


そして、熟睡しているらしいファリス。普段なら少しの音でも起きるのだが、今夜に限って気付かなかったようだ。
らしくないが、疲れていたのかもしれない。


(だったら俺が・・・・・行くしかないだろ)


一応まわりを起こさぬよう、静かに立ち上がった。
自身、疲れていないわけではない。それに、自分が行ったところでどうなるということでもないかもしれない。
もともと、人を慰めるのは得意な方ではなかった。気の利いたことを言って勇気付けてやれる自信もない。
それでも。


(放っておくわけには・・・いかない)


だって、彼女は泣いていたから。
寂しそうに、泣いていたから。


(―――・・・放っては、おけない・・・)



















・・・泣いてるよ。


たくさん、たくさん、人が泣いてる。・・・ぼくも泣いてる。
大声でわんわん泣いてる。だって・・・だって、おかあさんが・・・


かわいそうにねえ、と言われた。
まだ若かったのにねえ、とも言っていた。


・・・おかあさん。


色んな人が、村中の人がおかあさんを・・・おかあさんの入った箱を囲んで泣いてる。
真ん中にいるのは・・・おとうさんだ。おかあさんに花をくれる人達に、ドウモスミマセンなんて頭を下げてる。
みんな泣いてる中、おとうさんは少しも泣いてない。


・・・おとうさん、違うでしょう?


おとうさんが謝らなくちゃいけないのは、そんな人達じゃないよ。
ぼくにだってわかるよ。
今泣かないのは、全然カッコよくないよ。今更おかあさんの側に立ってたって、もう意味がないんだよ。遅いんだよ。
わかってるんだから。わかりたくないけど、わかるんだから。
もう、おかあさんは笑わないよ。動かないよ。喋らないよ。―――死んじゃったんだよ。


涙が止まらないよ。
おかあさんは、死んじゃった・・・・・


・・・おかあさんに最後のお別れ。
箱の中には、いっぱいに白い花。その中におかあさんの顔。・・・もう、笑ってくれないんだね。
泣くこともないんだね・・・・・ようやく自由になったんだね。


隣のおじさんが、蓋なんか持ってきたよ。
おかあさんの上にかぶせちゃうよ、おかあさんが見えなくなるよ、おかあさんが・・・。


―――おかあさん!


走ろうとしたのを止めたのは・・・おとうさん?
どうして止めるの?おかあさんが箱に仕舞われちゃったよ。ほら、みんなで抱えて、持って行っちゃうよ。


・・・そっか。おとうさんにはわかんないんだよね。


だって、おとうさんはダメなおとうさんだから。
本当にいるのかもわからない「悪者」が怖くて、じっとしていられなかったんだよね。
可哀相なおとうさん。弱虫なおとうさん。
人の前だとカッコ悪くて泣く事もできないんでしょ?


ぼく、おとうさんなんかキライだよ。大っ嫌いだ。


他の大人は、いつもおとうさんをすごいって誉めてるけど、ぼくは嫌い。
何がすごいの?おかあさんを泣かせる事しかできなかったんだよ?・・・大っ嫌い。
ぼくは、もっとマシな大人になりたい。


―――ぼくは、いつかおとうさんを超えてみせる。





おかあさんが、石に書かれた名前だけになった夕方、おとうさんがぼくに聞いた。


―――おまえは、これからどうする?


村中静かで、二人だけの家の中はもっと静かだった。
ぼくは、ずっと考えてた答えを言った。


「―――ぼくも、行くよ」


おとうさんは、そうか、と一言だけ言った。


次の日、旅立つ朝は雨だった。
おかあさん・・・死んじゃったのに、まだ泣いてるのかな。

違うよ、おとうさん。
村に残りたいなんて思わない。・・・だって、ここにはもう何も残ってないから。
用はないから。おとうさんだってそうなんでしょう?


おかあさん。
ぼくは必ず、おとうさんよりもしっかりした大人になってみせるよ。
おとうさんよりも強くなる。剣だって使えるようになる。

・・・そのうち、きっと会いに来るから。だから、それまでは・・・


―――さようなら、おかあさん・・・


































「・・・・・こんなところで。風邪引いても知らないぞ。」

「・・・・・うん。」

レナは、膝を抱えて座り込んだまま、疲れ果てた顔で頷いた。
夜中にこっそり部屋を抜け出し、外で泣いていたのを見つけられて気まずいのか、顔を合わせようとはしない。

「嫌な夢でも見たのか?・・・まぁ気持ちはわかるけどな、そろそろ夜は寒くなってきたし・・・」

結局、すすり泣きながら部屋を出て行ったレナは、宿の裏手にいた。
町外れの宿なので、宿の外壁に背を預けてしまえば目の前に広がるのは暗い森だけ。泣くのには絶好の場所だった。

「・・・宿に、帰らないか?」

返事はない。思わず肩を落としそうになる。

(俺じゃ、どうしようもないんだよな・・・)

微かな無力感。今、彼女がこの場に求めているのは自分ではないらしい。
だったら、あとはそっとしておくことぐらいしかできそうにない。

(でも、それじゃあ・・・駄目だ)

それではなんの意味もない。

隣にそっと腰を下ろすと、レナは少しだけびくりとして、それでも顔を伏せていた。

「・・・戻らないんなら、俺もしばらく付き合うよ」

やはり、返答はない。期待はしていなかったが。

(―――――・・・やれやれ・・・。)

後ろの壁に頭をもたせかけ、ぼんやりと空を見る。
月は反対にあるのか見えないが、空は全体的に明るい気がする。今夜辺り、満月だったのかもしれない。
目の前には黒い影と化した森。

森。自分。無力感。―――(・・・・・?)――― 一瞬、どこか時間を飛び越えた別の景色と錯覚しそうになった。

(・・・・・なんだ?この感じ・・・)

頭の中がザワザワいうようで、思わず顔をしかめる。
嫌な感じがする。吐き気もする。
自分の時間を、初まりから全部くるんで混ぜて捏ねたものを目の前に突きつけられたような気持ち悪さ、不快感――

「・・・ねぇ、バッツ」

突然掛けられた声に、はっとした。
現実に連れ戻されると、不快感はたちどころに去った。

「・・・バッツのお父様は・・・どんな人・・・?」

ああ、と思った。
レナが何を思ってここにいたのかが、その言葉でようやくわかった。
つい先頃、命を落とした自分の父親のことでも考えて涙していたのだろう。
その場には自分もいたから、少なからず責任は感じる。

いま一度空を見る。

(親父・・・・・か)

ここ数年、父親のことなど考えた事もなかった。
というよりむしろ、忘れかけていたような気さえする。

「・・・親父は死んだよ」

唐突に切り出すと、レナが思わず顔を上げた。

「・・・嫌な親父だった。いつも家族を置いて、こっそり旅に出て・・・時々、気まぐれで村の家に帰って来た。かあさ・・・おふくろが病気で死んだら村にも用がなくなったのか、俺を連れて村から出て行って・・・数年後、やっぱりこんな秋の夜に死んじまった。勝手なやつだろ」

「・・・・・」

レナが自分を凝視しているのを感じる。
饒舌な自分が珍しいのだろう・・・なにせ、自分でも何が言いたいのか、わからない。

「ただの風邪だったんだ・・・最初は。それを変に無理してこじらせて、心臓と肺まで菌が回ってて・・・気がついた時には、もう起きられなくなってた。・・・馬鹿だよな」

「・・・辛く・・・なかったの?」

邪魔をしないように遠慮しているのか、控えめにレナが聞いてくる。

「さあな・・・別に特別好きでもなかったけど、殺したいほど憎んでるわけでもなかった。おふくろが死んでからはずっと二人で旅をしてたんだけど、親父はけっこう無口でさ。必要なこと以外はあんまり口にしなかった。一緒にいて楽しいわけでもなし、それでも・・・そうだな、確かに、親父が死んだ時には少し寂しかったかな。でも、泣かなかった・・・・・というより、泣けなかったんだ。最期の言葉は、ステラ――あ、俺のおふくろな――と一緒に埋めてくれ、だった・・・」

一気にまくし立てる自分の言葉を、レナは黙って聞いてくれている。

「・・・旅先だったから、俺が勝手に荼毘に付して、それからようやく故郷の村に連れ帰ることができた。・・・変な感じだったな。自分より強かった親父を――結局身長ですら追いつけなかった親父を、小脇に抱えて帰郷するってのは・・・」

「帰郷・・・・・」

ぽつり、と呟きが聞こえた。

「あなたの故郷は・・・どこなの?」

「・・・リックス」

言葉は地面に投げかけた。

「レナは知らないかもしれない。・・・山奥の、森の中の―――小さな村だ」










五年前。

森に包まれた山奥の小さな村リックスは、まだ昼だというのに夕闇に覆われたように暗く沈みこんでいた。
その日は朝から重い雨雲が空を覆い、重い雨粒が屋根を、軒を叩き続けていた。

―――どことなく、十年程前に村の女性が亡くなった不幸な夜に似ていた。

その日、相変わらず客の来ないうらぶれた宿の番台でぼんやりと物思いに沈んでいた若い番頭見習は、唐突に飛び込んできた人影に目を丸くした。その人影は、雨を避けるためだろうか、頭から黒いローブのような布を被っており、そのために顔が半分隠れていた。布からは水が滴り落ち、あっという間に床に水溜りを作った。手には小さな壷のような物を抱えている。・・・旅人だろうか?

番頭見習が声を掛けようとした時、布の陰から片方だけ瞳が覗いた―――追い詰められた獣のような、殺気さえ感じられる鋭い瞳だった。
番頭見習はたじろいだ。根拠も無く、殺されるような恐怖感を感じて固まった。どうしようもないところに、彼の父親・・・つまり現番頭が部屋から顔を出した。

「何事だね、騒々しい・・・おや、お客さんじゃないか。・・・何をやってるんだお前、早くお客さんを部屋に案内せんか・・・」

言いかけた老番頭は、息を呑んだ。
息子は、父親もまたこの客に恐れをなしたのかと思ったが―――父はこう言ったのだ。

「ドルガン・・・・・いや、あれから随分経った・・・お前は・・・息子のバッツ・・・か!?」

客は・・・男は、黙って頷いた。息子は再び目を丸くして、男を見た。
これが、十年以上も前に村を出て行った幼馴染なのか?

「・・・おお・・・おお、よく帰ってきた・・・・・」

老人は声を震わせながら、男を上から下まで懐かしそうに見た。

「あの小僧が、こんなに大きくなって・・・・・時に、ドルガンはどうした?」

男は――バッツは、持っていた壷を黙って番台に置いた。
老人の顔が、一瞬の後に凍りついた。

「これは・・・これは、まさか」

「―――・・・親父だ。」

初めて、バッツが口を開いた。重い声で、

「・・・親父の最期の願いだ。おふくろと一緒に埋めてやってくれ―――すまないが。」

明かりの無い宿に、雨垂れの音が響く。
バッツは再び布で顔を隠しなおすと、軽く礼をして激しい雨の中に走り出ていった。
番頭見習は、呆気に取られてそれを見送った。嵐のような出来事だった。
幼馴染がいた証拠は、床に残った水溜りだけ―――それに、番台に残された小さな壷だけ。

「・・・なんという・・・・・なんという・・・・・」

老人のうめくような呟きと雨音だけが、暗い建物の内に響いていた。











レナが傍らで息を詰めて聞き入っているのがわかった。

「それで・・・どうしたの?」

不安そうな声で先を尋ねる。
話の中の不幸な少年と目の前の自分が、いまいち頭の中で結びついていないのかもしれない。

「逃げるみたいに村を飛び出して・・・一人になって、結局、また旅が始まった。15の時だったかな。・・・一人になったら、急に歯止めがなくなったみたいになって、随分荒れて、無茶をして――レナにはちょっと言えないようなこともして・・・危ない目にも遭いかけて」

「・・・『ちょっと言えないようなこと』・・・?」

レナが首を傾げたが、それには敢えて気付かなかった振りをした。

「・・・だけど、そんな時にボコと会ってさ・・・あいつ、群れからはぐれて一人だったんだ。それを見た途端――なんていうか、はっと我に返ったみたいになって。・・・あいつと旅を始めて、俺はちょっとずつ立ち直っていけたんだ」

レナが微かに笑った。

「・・・親友だものね」

「・・・ああ。あいつには、感謝してる」




「・・・タイクーン王は、いいお父さんだった?」

しばらくしてから、なんとなく、聞いてみた。期待はしていなかったのだが、意外にも返事はあった。
小さく。

「・・・・・わからない」

「わからない?」

「・・・一緒に遊んでもらったこともないし、食事の時もほとんどお話ししなかったし・・・お母様が亡くなってからは、特に。それに、いつも、忙しそうで。・・・でも、そうやって忙しいのがわたしの父だった・・・」

「・・・・・そう」

「遊んでもらえなくても、話すことがなくても、いつも一緒にいてくれなくても、それでも・・・本当にいい父親だったかはわからないけど、それでも、お父様が、わたしのたった一人のお父様だった・・・」

「・・・いなくなったら、寂しい?」

レナは、膝を抱えてこっくり頷いた。

「・・・うん」

「・・・そっか」

思わずため息が洩れた。

「レナは、・・・優しいな。羨ましいよ」

え?とレナが顔を向ける。

「俺は・・・親父がしてることを理解しようなんて思いもしなかった。ただ、自分勝手だから俺達家族を置いて旅に出られるんだ、平気でおふくろに寂しい思いがさせられるんだと思って―――本当のことを言うと、親父が死んだとき、おふくろと一緒の墓に葬って欲しいと言われたときも、実は少し・・・腹が立ってたんだ。今まで放っておいたくせに、今更おふくろの側に行こうとする親父が許せなかった」

バッツ、と細い指が遠慮がちに自分の手に触れる。

「・・・でも、本当は」

途端に声が震えた。

「本当は・・・親父にだって何か理由があったはずなんだ。何かを背負って、家でじっとしていられない理由、一人で彷徨わずにはいられなかった理由が。最近になって、それがようやくわかるようになってきた・・・だって、俺も同じだから」

「・・・・・バッツ」

「不安になるんだ、ひとところにいると―――・・・俺は、ここにいていいのか。」

母は、父を必要として泣いた。

「俺は、必要とされてるのか。俺が、誰かの役に立つ事があるのか・・・そんなことを、思う。だから、彷徨わずにはいられない・・・」

ぎゅっと手を掴まれた。
ふと隣を見ると、すぐ側にレナはいた。こちらを覗き込むような瞳から、はらはらと涙が零れ落ちていく。
思わずぎょっとした。

「お、おい・・・なんで、レナが泣くんだよ・・・」

「・・・ごめ・・・なさ・・・」

手を伸ばして頬を拭ってやるが、涙はあとからあとから溢れてきて止まる様子がない。

(―――結局、泣かせることしかできないのか・・・?俺は・・・)

そんなところばかりが父親に似てしまった。そう思うと歯痒い。

濡れた頬から離した手を、そっと相手の背に回すと一気に抱き寄せた。
自分の胸に抱きしめる。相手はいくらか驚いたようだった。

「泣くな、頼むから・・・・・俺まで泣きたくなってくる」

耳元で囁くと、胸に小さな頷きと、囁きが返ってきた。

「・・・あなたは・・・いつも泣いていたのね・・・」

「・・・俺が?」

何を言うのかと思えば。
思わず唖然とする。

「・・・俺はここ数年、一度だって泣いた事なんかないぞ?」

違う、とでも言いたげにレナはゆっくり頭を振った。

「涙が流れてなくても・・・泣くことはあるでしょう」

「・・・そんな、まさか」

笑い飛ばしたかった。笑いながら、自分はそんな女々しい男じゃないぞと、言えたら。

ただ、思い当たることさえなければ。


―――ぼく、知ってるんだよ。涙なんか流さないけど、でも泣いてるんだよね・・・・・


あれは、誰の言葉だったか。

「苦しいね・・・あなたのお父様も、お母様も・・・あなたも、みんなすれ違っちゃったのね」

「・・・・・そうかもしれないな・・・」

泣いていたのかもしれない。
父も、母も―――ひょっとしたら、父を恨んだ幼い自分も、その父を見送った時の自分も。
ただ、素直に泣けなかっただけで。素直に相手を求められなかっただけで。

ふと目を上げると、小さな子供の後姿が見えた気がした。
夕陽に赤く染まった墓石――そこに刻まれた二つの名前を見据えて、拳を震わせながら立っている。


―――泣けばいいのに。強がって、我慢なんかして。


思うと、子供が振り向いた。
困惑したような顔で、本当に泣いてもいいの?と目で語りかけてくる。


―――いいよ・・・遠慮しなくていいから。


頷いた。子供は――――幼い日の自分は、ようやく泣き出した。
墓の前に身を投げ出して、肩を震わせて。


―――おとうさん、おかあさん・・・ぼく、さみしかった・・・


(こうすれば、よかったんだ・・・こうすれば)

頷いて微笑むと、抱きしめられっぱなしだったレナが不思議そうにこちらの顔を見上げた。

「・・・・・・・バッツ・・・・・?」

「ん?どうか、した?」

微笑んで――わざと微笑んで聞くと、レナは案の定、なんでもない、と言って顔を伏せてくれた。
聞こうとしない、見ようとしない気遣いが嬉しかった。

―――その時、自分の頬を流れた熱いものは、確かに涙だと思った。

夜風に森が騒ぐ。この世界にはまだ風があるのだ・・・ということをぼんやりと思い出しながら、不意に気付いた。
この森、小さな村。

(ああ・・・そうか。この村・・・少し、リックスに似てるんだ)

なんだか可笑しかった。
もう帰れないかもしれない故郷を、こんな所で見ることになるとは。

(いや・・・リックスであることが大事なんじゃない)

そっと見下ろすと、腕の中には未だに息を潜めてじっとしている少女がいる。
優しい子だ。自分が彼女を慰めに来たはずだったのに、いつの間にか逆転してしまった。

「レナ」

名前を呼ぶと、恐る恐るといった感じで顔を上げた。

「・・・バッツ?」

「レナ、俺さ・・・・・」

言うのなら今しかない。
息を整え、震えそうな声を励まして。

「俺、レナが・・・好きなんだ」

レナが目を見開いた。

「そっちはどうか知らないけど、俺にはお前が必要なんだ・・・いなきゃ、駄目なんだ。」

腕が、震えたかもしれない。

「―――愛してる。」

その瞬間感じたのは、「伝えた」という満足感と「言うんじゃなかった」という軽い後悔。
今の「仲間」という関係も、けして悪い物ではないのに、今それを壊してしまったかもしれない。そうなったらもう、復元は不可能だ。
苦々しく思う―――少し、焦りすぎたかもしれない。

「バッツ。わたし・・・・・」

真っ直ぐな目に見つめられ、また考え直した。この瞳を見られただけで、自分は幸せなのに違いない。

「・・・嬉しい・・・・・」

「え」

意思の交換はあっけなく済んでしまった。

「あのさ・・・本当に?」

イマイチ確信が持てない。

「言い出した方なのに悪いけどさ、その・・・本当に俺でいいの?もっと金持ちとか美形とかじゃなくても」

「まあ」

レナは一瞬眉をひそめ、すぐに楽しそうな笑顔になった。

「じゃあ、言い直しましょうか?『・・・わたしはあなたが好きです。あなたを愛しています。あなたを必要とします』・・・」

ぼんやりした頭でそれを聞く。
一つ一つの言葉が頭の中で連なり、繋がり、やがてそれが一つの意味を為すとようやく理解が戻ってきた。
結局、蓋を開ければ互いの想いは一つだったのだ・・・あれだけ緊張したのがなんだか可笑しい。
そこで、大声で笑う代わりに、言葉の上でただこう言った。苦笑いを浮かべて、


「・・・・・俺の真似じゃないか」


レナが明るく笑った。
そう、自分は笑顔を与える事もできたんだ―――つられて笑う。
静かに伸ばした手を頬に添えると、彼女は一瞬、緊張した面持ちを見せながらも素直に目を閉じた。
恋人にそっと口づけしながら、自分は、孤独から解放されたこの日のことを忘れないだろう・・・そう思った。





「そろそろ、いい加減に戻らないとな・・・明日も早いんだし、ちゃんと寝とかないと」

言うと、レナは「そうね」と頷いた―――少し、頬が赤い。
見ることは出来ないが、自分も同じくらい赤いかもしれない。

「それにしても・・・最初は俺がレナを慰めに来たのに、いつの間にか逆になってたな・・・」

「そう?」

レナはちょこんと首を傾げて見せた。

「わたしはバッツが心配してくれて嬉しかったし、それに・・・バッツが初めて昔の話をしてくれたから・・・嬉しかったけど?」

「そうか?・・・なら、いいんだけど」

じゃあ行こうか、と歩き出して、ふと立ち止まった。

「・・・あのさ・・・」
「あのね・・・」

ん?と顔を見合わせる。

「あ・・・バッツから、言って」
「レナから、言っていいよ」

もう一度顔を見合わせる。

「いや・・・俺のは大した事じゃないから、いいんだ」

「だったら、わたしの方も大した事じゃないから、忘れて?」

「・・・じゃ、両方とも忘れよう」

瞬いて、笑い合う。今度こそ、二人並んで歩き出した。















「―――ありがとう」



零れた呟き・・・それは、どちらのものだったのか。






=あとがきらしき=

「バッツがレナに故郷について語る」もしくは「タイクーン王の死を悲しむレナを慰めるバッツ」がリクエストだったので、欲張って両方入れようとし・・・見事に自滅しました。話のまとまりが・・・(汗)いや、まとまりがないことについてはいつものことだし、もう今更何も言うまい・・・(←自滅)。

あ、あと言い忘れてましたが舞台は第二世界、ルゴルの村です。マッタリとしたこの味わい! …じゃなくて、ポイントはドルガンさんの出身地だということです。(それにしてもクラウザー親子って二代に渡って「王家の中に一人混ざった平民」なんですね…ケルガーはちょっと違いますが。でも族長だしー…)まあ、実は結構どうでもいいことだと気付いたんで省いちゃいましたけど…。

ついでに言うと、タイトルの「カイン」とFF4のカインは全く関係ありません。その筋を期待した方、いたらごめんなさい。(カインさん=聖書に出てくる人物で、自分の犯した罪のために子々孫々まで大地を彷徨い続けなくてはいけなくなった人。)

最後に、わざわざリクエストくださったかず健さん、どうもありがとうございました!
やっぱりお題があると書きやすかったですし、自分では思いつかないテーマだったんで楽しかったです。次のリクエストも待ってます♪これに懲りずに、またキリ番を取ったらリクエストくださいね♪


=追補=(2004/1/14)
18000hit時のリク小説を、小説置き場に移動しました。



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